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09月24日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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京の隠れ里に住んで

 京都市中心部から車で約1時間、市内最北端にある山里・左京区久多。縁あってこの「京の隠れ里」の住人となりました。そして、自然に寄り添いながらの山の暮らしを知りました。まだ「久多初心者」に過ぎませんが、一つひとつ学び、教わりながら、四季おりおりの伝統行事や生活の知恵、集落と人々のいまをお伝えします。

次世代へつなぐ 学生の目で

 京都市最北端にある久多。国の重要無形民俗文化財「久多の花笠踊」などの伝統行事や昔ながらの暮らしの技が残る山里です。ただ、人口は今や約80人。学校もなくなって久しく、担い手の高齢化も進んでいます。受け継がれてきた生活文化をどう記録し、次の世代へどうつないでいくか。地域や行政が知恵を出し合って、伝統文化の学びの場「親子教室」を開き、大学生らが撮影で協力する取り組みが始まりました。…[続きを読む]

「久多の花笠踊(おどり)」

中世の村の面影を探して

 京都市最北端にある左京区久多(くた)。市内中心部から車で約1時間800メートル級の山々に囲まれた小さな集落です。平安時代に都の寺の荘園として表れ、毎夏の「久多の花笠踊(おどり)」は室町時代の踊りの流れをくむなど、中世の面影を残すと言われます。では、中世の久多とは一体どのような所だったのでしょうか。手がかりを求めて、京都市内で開かれている展覧会をのぞいてみました。 …[続きを読む]

久多荘略年表

1019 寛仁3年 藤原道長による法成寺の建立が始まる
1042 長久3年 政所職補任状の初見(最古の年紀を持つが真偽不明) 典拠史料 = 岡田家文書
1050 永承5年 公文職補任状の初見(真偽不明)
1058 天喜6年 法成寺焼失(すぐに藤原頼通が再建に乗り出す)
1064 康平7年 法成寺領として「久多」が見える(久多の初見) 近衛家本知信記天承二年巻裏文書
1086 応徳3年 白河上皇が院政を開始
1159 平治元年 摂関家と大悲山寺(峰定寺)が「久多・針畑・大見」の作田の領有を争う。久多が法成寺・平等院の杣所であるとの記載 高松宮家所蔵文書
西念、寂念らによって木製五輪塔が志古淵神社に奉納される 木製五輪塔墨書銘
1192 建久3年 源頼朝が征夷大将軍となる
1202 建仁2年 久多荘の十人百姓に対する年貢が定められる(正文では一番古い) 岡田家文書
1214 建保2年 志古淵神社所蔵の大般若経が書写される 大般若経奥書
1299 永仁7年 朽木荘が久多荘の筏(いかだ)を押領したために相論 朽木文書
1315 正和4年 「惣庄」の初見 久多自治振興会所蔵文書
1325 正中2年 梶井門跡の所領目録に「久多」が見える 三千院文書
1328 嘉暦3年 久多本荘と大見新荘の堺が決定される 岡田家文書
「正地頭足利殿給主疋田妙源御房」と見え、この頃、足利家が久多荘の地頭職を持っていたことがわかる
公文職の実名がわかる初見(「公文守春」)
1336 建武3年 足利尊氏が幕府をひらく
1347 貞和3年 久多・大見・百井が「三庄」と呼ばれる 岡田家文書
「久多庄三ヶ村百姓」が荘官である政所の非法を訴える
1356 文和5年 葛川と鎌鞍(かまくら)峯の所属をめぐって相論 葛川明王院文書
1365 貞治4年 針畑荘との堺に進入禁止の制札が立てられる 久多自治振興会所蔵文書
1379 永和5年 足利義満が醍醐寺三宝院門跡へ久多荘を寄進する 岡田家文書
93~95 明徳4年~
応永2年頃
葛川と堺相論
1394 応永元年 三宝院の「御台御料所山城国久多庄」の支配が安堵される 葛川明王院文書
1436 永享8年 売券の初見 久多自治振興会所蔵文書
1445 文安2年 志古淵神社が修造される
1450 宝徳2年 岡田家が三宝院より「岡田」の名乗りを許されたとされる 岡田家文書
長禄頃 公文源三郎が関所奉行に補任される
1459 長禄3年 当時の「久多郷三ヶ村」の棟数が145棟と記される
1467 応仁元年 応仁の乱、起こる
1489 延徳元年 葛川と堺相論 岡田家文書
1519 永正16年 久多下村惣中が山を売る 東本家文書
1522 大永2年 公文以外の者の公事納貢の初見 岡田家文書
1550 天文19年 朽木家臣による公事納貢の初見(この頃から朽木氏が代官職を請け負うか?)
1562 永禄5年 代官朽木氏の非法を訴える
1568 永禄11年 織田信長、足利義昭を奉じて入京する
1579 天正7年 織田信長が三宝院の久多支配を安堵する 織田信長朱印状
三宝院が朽木氏(元綱か)を代官職に補任する 岡田家文書
1600 慶長5年 関ケ原の合戦
1603 慶長8年 「久多郷内大見・モヽ井百姓」が代官朽木氏の非法を訴える 義演准后日記
1608 慶長13年 久多の石高が、三宝院領55石、朽木領471石6升とされる 岡田家文書

京都市歴史資料館・野地秀俊さん作成の年表から

■バックナンバー

福野聡子(ふくの・さとこ)

 1970年生まれ。92年に朝日新聞社入社、地方記者や編集者を経て、現在は展覧会を企画する部のデスク。生粋の大阪人ながら、縁あって2015年1月、京都市左京区久多の古民家を譲り受ける。夫と犬とニワトリたちを家守りに残し、街なかとの2地域居住中。

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