現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>漫画偏愛主義> 記事

漫画偏愛主義

チェーザレ 破壊の創造者(惣領冬実)

2007年08月17日

表紙チェーザレ 3―破壊の創造者 (3) (惣領 冬実  講談社  ¥ 780)  

 私が初めてチェーザレ・ボルジアを知ったのは、山田ミネコのSF漫画「パトロールシリーズ」(現在絶版)だったと思う(超マニアックですみません)。未来の世界からタイムトリップした主人公が、15世紀のイタリアで拉致された先がボルジア家だった。私は当時中学生だったうえに、今もそうだが絶望的な世界史オンチで、ボルジア家のことなどまったく知らなかった。ただぼんやりと、主人公がつぶやく「毒殺のボルジア家」という言葉だけが心に残った。

 次にであったのは川原泉の「バビロンまで何マイル?」(白泉社)だった。冷酷な兄チェーザレとは対照的に、慈悲深く信仰心あつい妹ルクレツィアが、主人公2人をかくまってくれた。結局、私はこの2つの物語でしかチェーザレ・ボルジアを知らずにきてしまった。一般に流布する「残虐で放蕩(ほうとう)、妹を犯し弟を殺す」という像と、漫画の中のチェーザレとは微妙に食い違った。今回表題作を手に取ったのは、「総領冬実が気合を入れて描いてるなあ」という気がして、だった。

 読んでみて、ただただ圧倒された。気迫あふれる作品というか、なんというか。世界史大嫌いなこの私が寝る間を惜しんで何度も読み返している。まだ16歳のチェーザレを主人公として、当時のピサの政治から風俗、学生生活までを丁寧に書き込んでいる。ダンテ学者の大学講師監修による緻密(ちみつ)な時代考証で、読む者をルネサンスの時代に連れて行ってくれるのだ。世俗に疎いアンジェロという学生を狂言回し的な役目において周囲の登場人物たちが彼に説明するという形をとっているので、読者にもこの時代背景が無理なく理解できる。

 若きチェーザレ・ボルジアの周囲に、レオナルド・ダ・ヴィンチ、クリストファー・コロンブス、ジョヴァンニ・デ・メディチらが登場する。3巻では現代政治学の祖、ニッコロ・マキャヴェッリまで。歴史オンチの私でさえ、聞き覚えがあるほどのビッグネームが次々登場してくる。そうか〜ルネサンス期の重要人物なんだから、みんなが面識があっても当然なのか。こういう風に、私にとっては「断片的な世界史の知識」が、いきなり画像をともなって目の前に立ち上がってくるのだから、漫画という技法はやっぱりすごい。

 あおり文句は「歴史の闇に葬られた人類史上、最も美しき英雄、チェーザレ・ボルジアの真実が甦(よみがえ)る」。本邦未訳『サチェルドーテ版チェーザレ・ボルジア伝』(イタリア語原書)を精査し、文献を探し、当時の絵画から絵を書き起こしているという。気の遠くなるような作業だ。これが不定期連載というのだから、掲載誌モーニングの懐の深さにおそれいる。これだから青年誌ってすごいんだよなあ。

 惣領は「調査にも絵の書き込みにも時間がかかるので気長におつきあいを」と2巻の対談で述べている。確かに、次が楽しみだが早々には出せないだろう、というのが分かる力作なのである。私としてはなぜ総領がそこまでチェーザレに思い入れを持ったのか、その理由が知りたい。たぶんこの作品は完結までに何年も要するだろう。最後まで見届けたい、心からそう願う、私にとって数少ない漫画のひとつだ。

powered by amazon

プロフィール

松尾 慈子(まつお・しげこ)
1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

PR情報

このページのトップに戻る