現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>漫画偏愛主義> 記事 かわいいあなた(乙ひより)2007年09月14日
まず最初にご了承いただきたい。これは百合漫画である。百合漫画というのは、女同士の恋愛をテーマにした少女漫画のことで、実は私もあまり詳しい分野ではない。しかし、数年前から専門の漫画雑誌が登場したり、ボーイズラブ系で人気の作家も描いていたりと、なんだか元気がいいジャンルのようなので、ずっと気になってはいたのだ。 表題作は、かわいい絵柄の表紙と帯の文句に惹(ひ)かれて買ってみた。帯には「お姫様よりずっとずっとCUTEな王子様」とある。そうよ、王子様は「かっこいい」でも「たくましい」でもなく、「かわいい」であってもいいのよ。だってもう女の子たちはこんなに強くなったのだもの。確かに王子様にだってなれるはずだわ。 作者はこれがデビューコミックスだという。同級生、先輩後輩、転校生、女子大生と、いろいろな少女たちが登場する短編集。私は特に表題作「かわいいあなた」がツボだった。背が高くてボーイッシュなのに中身は泣き虫なまりあと、ふわふわロングヘアの美少女だが気が強いあかね。見かけとは正反対に、王子様なのはあかねの方なのだ。 文化祭のクラス劇のために用意されたドレスを着てみたいまりあだが、友達に「似合わないわよ」と言われ内心傷つく。まりあの心中が分かるあかねはその場で「あなたみたいな無神経な人は死んだ方がいいと思うわ」と言い放つ。いや、これは言い過ぎだとは思うけれど、「悪気無く人を傷つけるのは罪深い」と相手に憎まれる覚悟でけんかを売るあかねはやっぱり王子様。まりあもそんなあかねに胸を高鳴らせてしまう。 収録作はどれもほのぼのほんわかで、性描写は一切ない。コミックスのうたい文句に「百合コミックの入門書にして決定版」とあったがその通り。私は女子校出身ではないが、ほとんど異性と交流のない少女たちだけの世界にいた中学時代を思い出されて、切なくなった。 近年の百合漫画隆盛のルーツといえば、武内直子の「美少女戦士セーラームーン」(講談社)や今野緒雪「マリア様がみてる」(集英社)の同人誌であろうか。読者であった少女たちは、登場人物の少女同士の恋愛を夢想した。それは、単なる百合漫画という意味にとどまらない。従来、少女漫画における永遠のテーマは「異性に好きだと言われて初めて自分の存在確認ができる」だった。しかし、百合同人誌は「自分の承認をしてくれる相手は、異性ではなく、女性でもいいんだ」と読者の少女たち自身が訴えてきた、という意味でエポックメーキングであったのだ。 70年代からずっぽり少女漫画にはまっていた私には、ずいぶんと目からウロコの流れではあった。しかし近年、女性同性愛者が青年誌系の漫画にも普通に登場するなどしているから、やはり昭和40年代生まれとそれ以降の世代というのは差が大きいのかもしれない。 この本はかわいかった。しかししかし、もう40歳に手が届こうかという私は思うのだ。「これが友情であっては、なぜいけないのだろう」。少女同士の魂の結びつきは、恋愛感情に基づいてなくてはいけないのだろうか。ただの友情ではだめなのか。かつては女同士の友情をテーマにした少女漫画たちが、確かにあったはずなのに。承認を得る相手が同性へと広がったことを喜びつつも、結局は「恋愛至上主義」になってしまった現在の少女漫画界を私は少し憂うのだ。 プロフィール
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