現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>漫画偏愛主義> 記事 サムライカアサン(板羽皆)2008年01月18日
前回は松の内もあけないうちにだというのに年頭のごあいさつがなく失礼致しました。そしてよしながふみを取り上げながら「大奥」(白泉社)で文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞を受賞したことすら書き忘れ、お恥ずかしい限りです。こんなヌケ作ですが、今年もよろしくお願い致します。 さて、本題。最近私は涙もろくなっているのだろうと思う。ほのぼのファミリーコメディーのこの漫画を読んでこんなに簡単に泣いてしまうとは。とはいえ、ここにはある愛のがある、ええ、それがどんなに暑苦しいといえども。 主人公の専業主婦・よい子は、高校生になる一人息子・たけしと夫に、おいしいご飯を食べさせることを至上の喜びとしている。しかし時にその愛情は過剰。たけしが弁当のおかずを忘れて行ったときには「あんな弁当を我が子に食べさせるくらいだったら、私切腹するわ!」と学校に飛んでいく。たけしがこっそりバイトをはじめると「大きなお金がいる=なにか大きな事件に巻き込まれた?=FBI!」と想像が大暴走。そんな母に、思春期を迎えたたけしはうっとうしさを感じつつも、その裏にある深い愛情を認めている。 常時ハイテンションなよい子だが、その行動には常に愛情があり、得てしてそれは正論である。隠し事をするたけしによい子は言い放つ。「黙秘権なんか我が家に存在せーへん!言わんかったらチューする!」。どうですこの論理。そうよ、親のすねかじっているうちは黙秘権なんかないだろう! 愛情でパワフルに押しまくるよい子は素晴らしい。 よい子の愛情は息子だけでなく息子の彼女やその弟、近所の嫌われ者オジサンにまで注がれ、それがじんわり涙を誘う。まあ、そのお涙ちょうだいが巻を追うごとに増しているきらいはあるのだが、よしとしよう。1巻に収録されているよい子と夫・ジョージの青春時代の話を読むとさらに深みが増す。よい子がよい子でいられるのは、夫の深い愛情あってこそなのだと認識する。 ほのぼの家族漫画として秀作なのだが、読み終えてふと、DVの取材をがんがんやっていた10年ほど前の私を思い出した。「母親という女性には家族の中の緩衝材としての役割がある。ほかの家族たちの感情を受け止め、母親自身の感情は抑える必要があった」というジェンダー分析がある。それに対して私は「『家庭の緩衝材』とは、自分の母を思い返しても確かにうなずけるけれど、女性ばかりが自分の感情を抑制しなくてはならないなんて、考えてみればかなりの差別だよなあ」とぼんやり思っていた。この漫画のよい子ってまさしく家庭の緩衝材だよなあ。まあ、過剰な愛情はストレス源でもあるんだけど。いつの間にか母の役割について疑問も持たなくなっていた自分に気づかされもした本作だった。 プロフィール
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