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漫画偏愛主義

俺はまだ本気出してないだけ(青野春秋)

2008年02月29日

表紙俺はまだ本気出してないだけ 1
青野 春秋
 (小学館  ¥ 620)

 私はこの漫画を心の中のどの引き出しに入れていいのか分からない。「コメディー」と銘打たれてはいるが、タイトルが身につまされて私は笑い飛ばせない。とはいえもちろんシリアスではない。掲載紙は青年誌「IKKI」(小学館)。これをお読みの方々はいったいどういう分類で読んでいるのだろうか。

 主人公はやや小太りの中年シズオ。高校生の娘と父親との三人暮らしで、自分探しのために40歳で会社を退職。思いつきで漫画家を目指すことに決めて、以後は時折漫画を描きつつファストフードのバイトで食いつなぐ。バイト仲間にはからかい半分で「店長」と呼ばれ、合コンにいけば若い娘さんに「ちゃんとがんばった方がいいと思いますよ」と説教される。どうです、イタイでしょう。イタすぎるでしょう。

 自分が思うほどに世間から自分が評価されていないことを「自分はまだ本気出してないだけだから」と言い訳する。もしくは「この俺の価値を分からないなんて、世間の方が馬鹿なんだぜ」とうそぶく。う〜ん、なんか現代の若者像のようだけれど、40歳のシズオはすべてそれを地でいくのだ。年齢の近い私としてはシズオが怖くて仕方ない。

 真人間らしいシズオの父親のせりふがいちいち胸に響く。「君は何歳まで生きるつもりなの?(中略)終わっちゃうよ、人生」。そう、本気出さないうちに終わっちゃうよねえ。「おおふり」(「おおきく振りかぶって」ひぐちアサ)のモモカンだって言っている。「野球をホントに楽しめるのはホンキで勝とうとする人間だけよ」。そうだよね〜ホンキで生きなくちゃダメだよねえ〜〜と自らを省みて少々焦る。

 救いといえば、シズオはまだ家族には見放されていない点だろうか。父親は息子の醜態を嘆いてしかりつけるという愛情を持っているし、娘はあきれて距離をとりつつも軽蔑(けいべつ)したりはしていない。シズオに「俺がデビューしたらどうする?」と聞かれて「わかんない。わかんないからデビューしてみてよ」とハッパをかけるくらいには愛情を持っている。その点では、イタさ横綱級の薫ちゃん(「薫の秘話」松田洋子)よりはマシなのかも。薫ちゃんは誰からも愛されてないからなあ。

 当初のイタさが、なぜか1巻の最後のあたりではシズオの奔放さに周囲の人々がいやされるというほのぼの方向へと変化してきている。雑誌連載を読んでいないのだが今後どうなるのだろうか。私としてはいっそイタさを突っ走って欲しかったのだが。

 表紙イラストの背中を丸めたシズオの姿が胸に響く。姿勢の悪いくたびれた中年シズオのたたずまいが、フリーハンドで描かれた背景とあいまってイタさを倍増させている。シズオの年まであと2年の私。シズオを見て「せめて背筋はまっすぐ伸ばしておこう」くらいの決意しかできなかったよ。

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プロフィール

松尾 慈子(まつお・しげこ)
1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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