現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>漫画偏愛主義> 記事 夢の真昼(吉村明美)2008年04月11日
このコラムを読んでいる方には意外に思われるかもしれないが、私は気が小さい。人にノーを言うのがとても苦手だ。人から頼み事をされたときに断ったり、人を避けたり嫌ったりするのは悪いことだと思ってきた。断るときは私なりに相手を傷つけないよう、やんわり意思表示をしてきたつもりだったのだが、結局つけ込まれて、痛い目にあったことが何度かある。私なりにがんばってるつもりだったのだがなぜ通用しなかったんだろう。その理由がこの「夢の真昼」を読んでわかった。 本作に登場する「因業ババア」と評判の婆さまはこういう。「みんな仲良くというのはお互いが共通の良識を持っている場合のこと(中略) あんたは開けっ放しの入られ放題 やめてやめてと騒いでいるだけだ」。そうか、私の拒否は「やめてやめて」と騒いでいるだけだったのか。言われてようやくわかる。どうすべきだったのか。「やりやがったなてめえ!ただじゃおかねえ」と言うべきだったと婆さまは言うのだ。 本作は20歳の大学生・小田桐鈴子が主人公。両親が離婚したため離れて暮らしていた姉・鳩子に一人暮らしの部屋を占領されたり、使いっ走りにされたりという生活に耐えかねて、「因業ババア」こと水の江婆さまの家に間借りすることになる。ヤワな性格の鈴子を、婆さまは厳しい指導でたたき直す。傲慢な姉に対して弱腰の対応しかできない鈴子に、婆さまはこう指導する。「こいつは敵だとはっきり見定めろ 敵に容赦はいらない 自分の弱みは絶対みせない 自分の陣地は死力を尽くして守り抜く これがケンカのやり方だ」。そういわれれば、私はケンカのやり方をまったくわかっていなかった。というかある程度の一般常識が通用する相手を敵と認識することは悪いことだと刷り込まれていたようだ。ありがとう婆さま、私は40手前にしてようやくケンカの仕方がわかったよ。 因業ババアの正体は、年長者の責務として若者を厳しく指導している、実は心暖かい女性だったのだ。掃除洗濯炊事指導と厳しい婆さまに、鈴子はときどき文句をいいながらもついてくる。血のつながりのない婆さまと鈴子、そして1巻の最後では婆さまの孫だという美男子も登場し、同居を始める。吉村明美お得意の、一軒家の中で物語が進行する「家族じゃない人たちによるホームドラマ」だ。 吉村は前回の長編「あなたがいれば」が、掲載雑誌「プチコミック」の方針でほぼ打ち切りのような形で連載最終回を迎えただけに、今後どこで仕事をするのか、私は心配していた。それが同じ小学館の「月刊フラワーズ」で、「婆さまが描きたかった」という動機だけで本作を描き始め、3カ月に1度程度の不定期連載をしているという。コミックスが発売され、吉村自身が「1巻、とついている以上は、2巻を描くんだろうなあ」と思ったというのである。太っ腹な吉村と思うべきか、見通しの立たない連載を受けて立った太っ腹な編集部というべきか。 とりあえず、遅筆なのはまちがいない吉村だが、白い画面に鉛筆書きの誌面であっても読みたい読者はいるのである(吉村は締め切りに間に合わず、鉛筆原稿を載せた過去がある)。その1人が私だ。吉村は単なる「泣ける」漫画、ではなく人間ドラマを描くことができる漫画家だ。太っ腹な編集部よ、落としかねない原稿を待つプレッシャーに負けず、掲載を続けて欲しい。 プロフィール
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