現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>漫画偏愛主義> 記事 イカサマアシスタントへの道(志々藤からり)2008年05月09日
職業選択というのは、人生において実に重要なテーマだ。下手すると20歳代から60歳までの生活時間の大半を仕事に費やすかもしれないのだから。それなのにその決定をするのは、まだ自分の志望すら茫洋としている20代前半なのだから、考えてみればなかなかの大ばくちだ。 実は私は非常に字が汚い。化粧はド下手。会社で実費請求するといつも経理に計算間違いを指摘され突き返されている。要するになにもかもが雑なのだ。事務職なんて到底できそうにもない。字が汚くても化粧下手でも金計算できなくてもなんとかなってきたという点で、新聞記者を選んで正解だったのかもしれない。いや、もちろん雑さが災いしていろいろな大失敗をしてきたのではあるが。 というわけで、私が絶対になれない職業の一つは、漫画家とそのアシスタントであろうと思う。漫画を読むたびに思っていた。1コマ1コマ、細かい背景までペンで描いて埋めていくのは気が遠くなる作業なんだろうなあ、と。この本を読んで「やっぱり私には絶対無理!」との思いを強くした。表題作は漫画制作の舞台裏を描いた漫画家アシスタントによるエッセー漫画なのだ。 描かれるのは漫画家(先生)とチーフアシスタント足達と志々藤が、容赦なく迫ってくる締め切りと戦う様子である。志々藤がコメント欄に「漫画制作の現場はどこも人材不足です。この漫画でアシスタント志望の方々の業界入りを応援できたらいいなあ」と書いているが、正直、これを読むと、腰が引けてしまう志望者もいるのではないだろうか。まして、それを生涯の職業として選べ、というと「びみょ〜」と思うに違いない。 インフルエンザに倒れた先生は、解熱剤をユンケルで流し込んで原稿に向かう。せっぱ詰まれば75時間連続で起きている。もちろんアシスタントも眠ってはいられない。お目々きらきら、花が舞い散る少女漫画でも、作る側はシビアなプロフェッショナルなのである。舞台のほとんどはこの3人の仕事場であるマンションの1室なのだが、この閉じこもり具合が迫る締め切りの恐ろしさを伝えている。 掲載誌は笑える漫画だけを集めた「ウンポコ」(新書館)なので、もちろんお笑い仕立てになっている。イカサマというタイトル通り、作者本人はなぜかイカ。仕事初日では消しゴムかけも満足にできず足達にしごかれ、眠気に負けては墨をはみだして仕事量を増やしてしまう。時折挟み込まれる「ベルサイユのばら」や「エースをねらえ!」といった名作漫画のパロディーにも笑わされる。加えて漫画上達へのテクニック紹介もほんの少し登場している。 しかし、実際には深刻だったであろうエピソードもある。先生が子犬を飼い始めた話だ。足達曰く「ネット、ゲーム、犬は漫画家の8割をダメにする」。先生はその8割で、犬と遊ぶのに夢中で締め切り8日前になってもネーム(コンテ)すらできていない。怒りに燃えた足達は「原稿と犬遊びが等価とでも!?」と迫り、「子犬を手放さないなら 私、辞めます!」と最終奥義を発動する。これ、現実は絶対、シャレにならなかったと思う。プロのアシスタントである足達が「辞める」というくらいなのだから。結局、先生が犬を実家に預ける決断をして一件落着となるのだが、先生と足達双方に、大きな波紋を呼んだ事件だったに違いない。 というわけで、漫画制作の舞台裏を斜め後ろから見られるようなこの漫画。さくさく読めるのであっさり笑いたいときに最適だ。現在も雑誌連載中というが、こういったテーマを絞ったエッセー漫画の難点は、ネタ切れである。職業をテーマにすると、たいがい1巻分くらいで舞台裏紹介はやりつくしてしまう。がんばってネタを発掘してくれ、イカサマ! プロフィール
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