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パリ子午線の謎、消えた記念メダル 映画に登場、盗難も

2006年09月26日

 パリを南北に貫く子午線上の地面に、仏天文学者フランソワ・アラゴ(1786〜1853)を顕彰して「ARAGO」と刻まれたメダル135枚が12年前、埋め込まれた。ベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード」にも小道具として登場するこのメダルを、子午線上をたどって探してみた。相当数が盗難や道路工事で失われ、約半数しか確認できなかった。

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ルーブル美術館の一角にある子午線メダルの一つ=パリ1区で

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歩道上の子午線メダル=パリ2区で

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メダルの盗難跡=パリ6区で

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パリ子午線

 メダルはオランダの芸術家、ヤン・ディベッツ氏の作品。パリ子午線の測量に尽くしたアラゴの名と、南北の方位を示すNとSの文字を刻んでいる。

 94年秋、パリ天文台から南北に延びる子午線上の公有地を中心に、約10キロにわたって埋め込まれた。直径12センチ。つい通り過ぎてしまう埋没感は当時、立像や肖像画に代わる「静かな顕彰法」と話題を呼んだ。

 インターネットで位置が紹介されている約120枚のうち、記者が確認できたのは63枚。一部を見落とした可能性はあるが、4割はなくなっている印象だ。

 歩道に丸い盗難跡だけが残る場所は約10カ所。埋め込んだあたりが再舗装されていたケースも目立つ。市内モンマルトルの丘周辺の住宅街はほぼ全滅。ダ・ヴィンチ・コードに出てくる17世紀の宮殿パレロワイヤルでは、9月初めに7枚そろっていたのが、3週間後には1枚消えていた。

 そのパレロワイヤルにある仏文化省の担当者は「メダルはあの小説と映画で世界に知れ渡った。不届き者が横行するのは公共の場にある美術品の宿命」と嘆く。

 10年前にメダルの案内本を出したオランダ人作家、フィリップ・フレリクスさんは「3分の1は失われただろう。盗難より、工事で歩道を掘り返す時になくなったのが多い」という。

 〈パリ子午線とアラゴ〉 フランスは20世紀初めまで、国立天文台(パリ14区)を通る子午線を、経度の基準となる本初子午線(経度0度)としていた。天文台長となった科学者アラゴは、若い頃から子午線の再測量に取り組んだ。1884年、本初子午線を決める国際投票で英国(旧グリニッジ天文台)に大敗した仏は、約30年後にこれを受け入れ、パリ子午線は単に東経約2度20分を示すだけとなった。

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