現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>映画> 記事 自然・ひずみ、多彩な視点 モンゴル族描く映画続々と2007年03月09日15時28分 モンゴル族の暮らしを描いた映画が続々、公開される。チンギス・ハーンの物語「蒼(あお)き狼(おおかみ)」だけではない。同じように壮大な自然を背景にしていても、家族の絆(きずな)や経済自由化の明暗など、焦点の当てどころが違う。ただ、これらに共通する「感動の方程式」もあるようだ。 2月のベルリン国際映画祭では、中国の内モンゴルを舞台にした「トゥヤの結婚」が最高賞の金熊賞を受けた。ワン・チュエンアン監督の作品で、井戸掘りの際の事故で脚が不自由になった夫が、妻に自分と別れて再婚することを勧める。愛か生活かと迷う妻は、夫との同居を条件に再婚相手を探す。こんな条件をのんで求婚する男の優しさ、揺れる夫婦の心情と家族の絆が描かれる。 マット・デイモン出演、ロバート・デ・ニーロ監督の「グッド・シェパード」、ジョージ・クルーニー出演、スティーブン・ソダーバーグ監督の「さらば、ベルリン」を打ち負かしたと、欧米の新聞はその結果を驚きをもって報じた。その中で、受賞前のニューヨーク・タイムズは作品の豊かさを高く評価した。「過酷な状況と闘う頑固な農民が自然の中で癒やされる物語。その中に、妻の優しく、こっけいで悲しい姿がある」と。 秋に公開予定のニンツァイ監督「白い馬の季節」は、遊牧の民が主人公だ。砂漠化が進んで遊牧生活が困難になる中、妻は移住を望むが、夫はこれまでの生活に固執する。 内モンゴル出身で映画に詳しい昭和女子大助教授のフフバートルさんによると、砂漠化の背景には、草原の開拓や、財産の私有化で増えた羊によって草原が疲弊するケースがある。「中国の政策に批判的なまなざしを向ける映画作りは、これまで難しく、モンゴル族の監督ならではの視線」という。 4月公開予定のニン・ハオ監督「モンゴリアン・ピンポン」は、川の上流から流れてきた1個のピンポン球の正体が分からない子どもたちの話。輝く真珠か、国の宝物か。金色の山の上にあると信じる北京に届けようと、馬で旅立とうとする物語だ。 フフバートルさんは、政治や社会のひずみに深入りせず、青々とした草原の中でたくましく、幸せに生きる姿を無邪気に描いたこの作品に「中国人監督らしさ」を感じる。経済発展で裕福となった中国人は、都市化や近代化が必ずしも幸せをもたらさないことに気づいた。時間、空間、気持ちの「ゆとり」を求めてモンゴルに目がゆくのだ、とみる。 「世界の人々は、壮大な自然に、かつてチンギス・ハーンが歩いたかもしれないと思いをはせ、同じ土地で、同じスタイルの暮らしをしている人々にロマンを感じるのだ」とフフバートルさんは話す。 映画評論家の佐藤忠男さんは、モンゴル族を描いた最近の映画が、民族の抱えるひずみを浮き彫りにしているとみる。遊牧が成り立たず都会に出る、伝統もなかなか守り抜けない、中国に広がる市場経済にのみ込まれていくという現実だ。 「モンゴル族には勇壮、豪快という印象がある半面、巨大な帝国が縮小した歴史を背負う悲哀も漂う。広野にすっくと立つ姿は西部劇に近い素朴な悲しみがある」と話した。 PR情報 |