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4万人署名、配給元動かす 「バベル」日本語会話も字幕

2007年04月28日21時32分

 俳優の菊地凛子(りんこ)さんが耳の不自由な高校生を演じる映画「バベル」。28日公開された話題作は、全上映館で日本語のせりふにも字幕がつくようになった。4万人分の署名を集めたろう者らの声に、配給会社が応えた。字幕実現までにどんな経緯があったのか。

 「日本語なのに字幕がある」。公開初日にバベルを見に来た男子大学生(21)は驚いた。「でも、慣れると違和感を感じなかった」

 字幕がつくきっかけは3カ月前の試写会。物語の鍵となる場面で日本語会話の字幕が消え、招待されていたろう者たちが混乱した。千葉県の美容師、高橋愛さん(26)は筋を追えなくなり、「何を言ってるの?」と、上映中なのに思わず周囲に尋ねたという。

 楽しみにしていた。菊地凛子さんが出る日本の場面には約400人のろう者がエキストラで協力。その一人だったからだ。「字幕があるものと思いこんでいた」

 神奈川県のろう学校教諭で難聴者の物井明子さん(39)も「私たちの存在が見えてないのかなと悲しかった」。教え子たちが出演していた。

 聞こえる人と同じように映画やテレビを楽しみたい――。耳の不自由な人たちは、小さいころからそんな思いを何度も抱かされてきた。

 東京都の会社員、吉田伸一さん(39)は、家族の中で一人だけ耳が不自由だった。ドリフターズをみて皆が大笑いしている時、僕にも教えてとせがんだ。名作アニメ「フランダースの犬」は、後で本を読み、結末で犬が死んだわけを知った。

 都内の会社員、右原広治さん(37)は弟にCMの間に粗筋を教えてもらいながら、苦労してアニメなどを見てきた。

 そんな中、字幕がつく洋画は楽しめる娯楽だ。

 ただ、最近は日本が絡んだ話題作が目立つ。都内の会社員、河内健治さん(41)は、「ラストサムライ」を映画館まで行って見ずに帰ったことがある。受付で、トム・クルーズと共演する日本人俳優の会話に字幕がないと聞いたからだった。

 そんな積み重ねが、署名活動の背景にある。

 配給元のギャガ・コミュニケーションズによると、その試写会は主にマスコミ向けで、公開時に日本語会話の字幕つきも出す予定だったという。ただ、「やるとしても5スクリーン程度」だったのを、4万人の署名を受け、全館ですべて字幕つきにすることを決めた。

 日本語会話にも字幕をつけようという運動は、邦画を対象に長年続いてきた。始まりはボランティアの手作りだった。

 名古屋市のサークル「まごのて」は84年から取り組む。宮崎駿監督の「もののけ姫」では、映画を録音してテープを起こした後、20回以上劇場に通い、字幕を出すタイミングを調べて作った。好評で、後に配給会社自らも字幕版を制作した。

 90年代から、字幕つきを出す映画会社が増え始めた。松竹は山田洋次監督作品を中心に手がけ、1作品5本前後を作ってきた。ただ、全作品ではなく、内容などで決めるという。昨年は2作品で字幕版を作っている。

 しかし、上映は主要都市の一部で、時間も期間も限られるのが実情だ。

 「バベルが、全国どこでも、聞こえる人も聞こえない人も一緒に楽しめるようになったことに意義がある」と手話通訳士の南玲子さん(45)。

 厚生労働省の調査(01年)では、聴覚障害者は約35万人。だが、高齢で耳が遠い人なども含めれば耳の不自由な人は1000万人近いとみる聴覚障害者団体の関係者もいる。

 ギャガの丸茂日穂副社長は「観客が増えるなら、字幕をつけたかいがある」と期待を込める。

 公開初日。字幕がない試写会も見た耳の不自由な男性(24)は、手話で感想を語ってくれた。

 「人と人の絆(きずな)を描いた映画だったんですね」

    ◇

 映画「バベル」はモロッコ、メキシコ、米国、日本が舞台。外国語の会話と手話には字幕がつくが、日本語になかったため、試写を見たろう者らが「全編字幕つきに」と署名を集めて要望。配給会社は3月、全国の上映館で全編字幕つきにすると発表した。菊地凛子さんが米アカデミー賞助演女優賞候補にノミネートされ、話題になった。

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