現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>映画> 記事 子どもは「悪事」見てはだめ?2007年05月09日13時59分 少年の再生の物語を、少年が見られないのはなぜか――。4月半ばから公開中の南アフリカ・英国合作映画「ツォツィ」を、日本の映倫管理委員会(映倫)はR―15(15歳未満鑑賞禁止)に指定した。06年に米アカデミー賞の外国語映画賞を受けた、犯罪少年の更生と成長の物語だ。映倫の審査は、かつては主に「成人映画」を拾い出すイメージがあった。近年の傾向には「ティーンに同世代の犯罪は見せるまじ」との意志が浮かんで見える。
◇ 舞台は南アフリカ。スラムの少年が金持ちの女性を銃撃して車を奪い、気が付けば後部座席に乳児が。意図せず誘拐犯になった彼は、子守に戸惑いながら命の貴さを知る。 映倫がR―15とした主な理由は、「未成年者」の「銃、アイスピック等を使っての殺傷描写」があるからだ。 指定を受けて異例の催しが開かれた。主催はアムネスティ・インターナショナル日本ほか2団体で、「ツォツィ」の配給元の日活が協力。劇場での上映と違って映倫の指定に縛られない試写会に10代の少年たちを招き、作品の賛否を問うた。 会場に子どもと来たある男性は「人の生死という根源的なものに触れてこそ、生の充実感が味わえる」と評価。一方、ある中学生は「怖くて泣きそうになった。友達に薦められない」と話していた。 映倫は映画業界が自主的に設けた組織で、1957年から映画の性描写や暴力表現などを審査し、必要と判断した作品に「年齢制限」を付けてきた。かつての「成人映画」の指定が、それだ。 98年に、審査区分は4段階に細かくなった。06年は長編映画646本を審査し、R―18(18歳未満は鑑賞禁止)は101本、R―15が68本、PG―12(12歳未満は親または保護者同伴が適当)が49本。全体の33%に何らかの制限が付いた。 R―15指定は01年、PG―12は03年あたりから増えている(グラフ)。話題作も数々含まれる。例えば――。 ●「バベル」(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、07年)→PG―12(理由=少年の銃の扱い方、女子高生のヌード) ●「ローズ・イン・タイドランド」(テリー・ギリアム監督、06年)→R―15(娘が父の麻薬注射を手伝う、大人の性をのぞき見する、鉄路に金貨を並べる) ●「ある子供」(ダルデンヌ兄弟、05年)→PG―12(窃盗を働いて換金する若者が、我が子を売り飛ばし、ひったくりをする) 指定の理由から推して、問題視されているのは、性より犯罪描写だ。映倫の児玉清俊事務局長も「最近は性描写より暴力や薬物に関する表現に厳しい傾向がある」と話す。 映画ジャーナリストの大高宏雄さんは、節目になった作品に、中学生の1クラスを孤島に放り込んで最後の1人になるまで殺し合いを強制する筋立てだった、00年の「バトル・ロワイアル」(深作欣二監督)をあげる。映倫の判断はR―15指定だった。 大高さんは「国会で論議にもなり、映倫の規制というものを一般の観客にも意識させた作品」と話す。 映画専門誌「キネマ旬報」の元編集長・植草信和さんは、その「バトル〜」の指定は、97年の神戸市の児童連続殺傷事件のような残酷な少年犯罪に、映倫が敏感に反応したためだと考える。 こうして今、少年の暴力や犯罪について少年に考えを迫る映画が、少年の目に触れない、ということが起こる。 「3割以上も指定を受けるのは多過ぎる。PG―12のような緩い指定が多いのは、それで映倫が働いたことになるからでは」と大高さん。 映倫の側の発想は「少年たちが映画をまねて罪を犯した時、誰が責任を負うのか」(児玉事務局長)だ。 だが、映倫の判断がひどくぶれて見えることがある。今年2月に公開された「松ケ根乱射事件」(山下敦弘監督)は、小学生もからむ性の描写から様々な暴力、警官の銃の乱射までがありながら、PG―12。映画関係者の間で「どうしてこれがR指定でないのか」という声が聞かれる。 一方で、映画を配給する側が、より厳しい指定を歓迎するケースもないではない。 03年の韓国映画「テハンノで売春していてバラバラ殺人にあった女子高生、まだテハンノにいる」は、日本ではR―15に指定された。配給をした「グアパ・グアポ」の藤田敏夫さんは「『バトル〜』は、見てはいけない中学生が、実はたくさん劇場に来た。その『ヒットの法則』があるので、R―15はかえってありがたかった」と話す。 昨年が設立50年だった映倫は、改革案を様々検討中だ。「あいまいで分かりにくい」と批判を受ける審査基準の詳細を公開することや、審査員に初めて女性を加えることも考えている、という。 PR情報 |