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記憶の継承試みる 山形国際ドキュメンタリー映画祭

2007年10月17日12時11分

 山形国際ドキュメンタリー映画祭が8日間の日程を終えて11日に閉幕した。「世界の今」を記録映画でとらえるコンペティション部門は、年長世代の過去の傷みに耳傾けて、記憶の継承を試みる作品が並んだ。ベルリンの壁が崩壊した1989年に始まった映画祭は10回目。今年は、作り手自身の内面を色濃く映しながら、風化する歴史に向きあう佳作にいくつも出会えた。

 大賞ロバート&フランシス・フラハティ賞は、中国の王兵(ワン・ビン)監督「鳳鳴―中国の記憶」。夫とともに、かつて記者をしていたという74歳の和鳳鳴さんが、50年代後半から右派分子として迫害された経験を延々3時間語る。彼女は座ったままで、カメラもずっと固定されている。

 検証を省いた「語りっ放し、映しっ放し」に賛否はあった。が、激動期の中国が眼前に広がるような強さをこの映画が持ったのは、監督が被写体に1年寄り添い、彼女の主張を内面化できたからこそ。王監督は「起きた事件より、鳳鳴という人物にひかれた。当時の中国は新しい国にふさわしいイデオロギーを示す必要があったのだと思う」と話す。

 最優秀賞(山形市長賞)のピエールマリー・グレ監督「アレンテージョ、めぐりあい」は、カメラがポルトガルの寒村をたどり、もの悲しい歌を発掘しながら共同体の崩壊を見つめる。「記憶とは、感情を消しては書き直す人生……」。格言めいた言葉が字幕や語りで繰り返され、背景に静かな海が再三映って、一編の映像詩をなしている。

 以上の2作が、動くものを写したいという映画の本能を抑えられたのは、言葉の力を信じたからだろう。

 2年前の前回は、大賞作「水没の前に」が中国のダム建設を題材に開発の是非を問い、審査員特別賞作「ダーウィンの悪夢」が、肉食魚の流通網を探って、アフリカを搾取する先進国の構図を示唆するなど、「告発型」の作品が目立った。

 今回の作品選定にあたった映画祭のコーディネーターの浅野藤子さんは「作り手が自分の内面を私的に描きつつ、射程を社会や歴史に広げた作品を選んだ。ビデオの進化と普及で90年代に増えた同種の作品と違い、閉じた自己陶酔になっていない」と話す。

 例えば、優秀賞の「旅―ポトシへ」はユダヤ人ロン・ハビリオ監督の私的ロードムービーだった。監督夫妻は約30年前の新婚旅行と同じく、ブエノスアイレスからボリビアの高地への旅路を、娘3人とたどる。

 だが、今度の旅は巡礼に形を変えた。映画の序盤でポーランド系ユダヤ人の妻の親がナチスに迫害された過去が分かる。その後の家族の会話は、そこに深く立ち入ることはしないが、悲しみは家族のあいだで共有されていく。監督は「世界の画一化にあらがう辺境を訪ね、自分たちがどこから来たのかを問うた。私的な世界から接近しないと、複雑で深刻な現代をとらえるのは難しい」と言う。

 審査員長は映画評論家の蓮實重彦氏。昨今のテレビ的な作りが映画ならではの空間や時間の概念を脅かしていると指摘して、「フィクションとドキュメンタリーの境界は揺れ動いているが、重要なのは、世界をいかに見せるかでなく、どうとらえるかだ」と述べた。

 一つの回答例が、ニコラス・プリビデラ監督の優秀賞作「M」だったろう。

 アルゼンチンの軍事政権下でゲリラ組織に加わった母の死の真相を、監督自身が探る。息子は感情もあらわに関係者に迫る。作品として見せるには、母との距離の目測を誤ったかにも見えた。が、人々が隠したい、葬りたいと考える記憶を追う監督の姿は、そのまま社会の冷酷さをあぶり出すことにもなっていた。

 今回のキーワードの一つは「89年」だった。ベルリンの壁の崩壊と映画祭開始の年。それにちなんで15本のドイツ映画特集を組んだ。

 また、科学映画を撮り続け、昨年に99歳で死去した地元出身の樋口源一郎氏の追悼特集も。「真正粘菌の生活史」のミクロの映画世界は新鮮な驚きを与えた。

 樋口氏が生前に語ったビデオ映像も紹介され、そこにこんなせりふがあった。「動かないように動くもの、動き過ぎてつかまえられないものをつかまえたい。分からないもの、新しいものを見つける面白みを伝えたい」。それは科学の世界に限らない。

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