現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>映画> 記事 〈回顧2007:4〉映画 海外の目通じ日本見直す 邦画バブルで悪循環生む2007年12月27日11時55分 海外の目を通して日本を見直す。そんな映画体験が続いた年だった。 年明けの話題をさらったのは、「バベル」でろうあの少女を演じ、米アカデミー賞助演女優賞候補になった菊地凛子。オーディション段階から入念な役作りを重ね、圧倒的な存在感を見せた。クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」では渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加瀬亮らが好演。誇らしく感じた人も多いだろう。 中井貴一は日中合作の「鳳凰 わが愛」で主演と製作を兼務。来年公開作でも、「ハーフェズ ペルシャの詩」の麻生久美子、「モンゴル」の浅野忠信、「シルク」の役所広司など、日本の役者が主要人物を演じる外国人監督作品が目立つ。蒼井優、オダギリジョーらがアジアの監督と組んだ企画も進行中。大上段に構えず、日常活動の一環として海を越える俳優が増えているのは頼もしい。 ●看過できない問題提起 「硫黄島〜」は、かつての「敵国人」を主人公に、戦争が本質的に持つ残酷さを見すえたイーストウッド監督の姿勢も、深い感銘を与えた。同時に、なぜこのような映画が日本から生まれないのかという思いも残る。日系人監督が日本の戦争体験者の証言を丹念に記録した「TOKKO―特攻―」「ヒロシマナガサキ」、老いた日系人ホームレス画家に寄り添いながら日米の裏面史を浮き彫りにした「ミリキタニの猫」。日本の政治風土の奇妙さをあぶり出した「選挙」を含め、米国発のドキュメンタリーを通して、日本人が見過ごしてきた問題を考えることも多かった。 ●宣伝合戦、負担にあえぐ 国内の映画界は、前年の興行収入で日本映画のシェアが21年ぶりに外国映画を抜くという朗報で幕を開けた。活況のように見えるが、「邦画バブル」に対する関係者の危機感は強い。テレビ局主導の「HERO」「西遊記」といったヒット作も、興行収入は当初目標を下回った。 巨費をかけた宣伝合戦が日常化し、負担にあえぐ映画会社も少なくない。大量宣伝に慣れた観客が、それ以外の作品になかなか目を向けないという悪循環も生まれている。勝ち負けの格差は拡大し、製作本数の急増で公開のめどがたちにくくなるなど、製作環境はむしろ厳しくなっているのが実情だ。 作品の内容も、充実しているとは言いがたい。ヒット作の多くは、ベストセラーや人気ドラマなど「既知」の物語を踏襲した作品。難病ものなどのメロドラマも目立ったが、予定調和的な「感動」はそろそろ飽きられ始めている。多業種から出資を募る製作委員会方式の映画作りは知名度の高い「コンテンツ」が好まれる事情があるとはいえ、未知の世界と出会う驚きや喜びを提供できなければ、映画はやせ細るばかりだろう。 ●硬派の作品、貴重な一石 映画界が保守化するなか、貴重な一石を投じたのが、「Shall we ダンス?」の周防正行監督の11年ぶりの新作「それでもボクはやってない」だった。裁判員制度導入を前に、日本の司法制度のあり方を問う硬派な作品が、スマッシュヒットを記録したのは心強い。 作り手が独自の製作姿勢を貫いたという点では、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した河瀬直美監督の「殯(もがり)の森」も外せない。幼子を抱えて自らフランスの製作者に直談判し、製作費を取り付けた河瀬監督。強固な意志と軽やかなフットワークは、冒頭で触れた菊地凛子らとも共通する。 シネコン時代で劇場興行は短期決戦を強いられているが、小規模公開ながらロングランを果たす作品もあった。個性豊かな俳優陣のかけあいが口コミで評判をとった「キサラギ」。「長江哀歌」は中国・三峡ダムの建設現場を舞台に、社会の変化にほんろうされる庶民の姿を追った作品で、地味な題材だが、あらすじをなぞるだけの映画とは違う深い世界観が、大人の観客を引きつけた。 ●淘汰の時代迎え正念場 右肩上がりで増えてきた劇場数だが、今月になって関西初のシネコンであるワーナー・マイカル・シネマズ東岸和田が来年2月の閉館を発表し、いよいよ淘汰(とうた)の時代ともささやかれる。一方で、地域の市民団体などが運営する「コミュニティーシネマ」が各地で産声を上げ、地域の映画館をつないだ新たな配給網の構築も模索されている。多様な映画文化を育む土壌を築けるか。日本の映画界は、正念場に立っている。 PR情報この記事の関連情報
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