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映画監督の市川崑さん死去

2008年02月13日23時16分

 「東京オリンピック」のメガホンをとり、「ビルマの竪琴」「細雪」などの文芸ものでは他の追随を許さなかった文化功労者の映画監督市川崑(いちかわ・こん)さんが13日午前1時55分、肺炎で死去した。92歳だった。葬儀は近親者で行い、後日お別れの会を開く。喪主は長男建美(たつみ)さん。

写真市川崑さん
写真86年、吉永小百合さん(中央)との撮影現場

 三重県生まれ。伊丹万作監督の「国士無双」を見て映画に関心を持ち、東宝京都撮影所の前身、J・Oスタジオに入った。48年、新東宝の「花ひらく」で監督デビューした。

 51年、東宝に移ったころから都会感覚のさえを見せ始め、「結婚行進曲」「足にさわった女」「プーサン」と矢継ぎ早に話題作を発表。以降は、「こころ」「ビルマの竪琴」「炎上」「鍵」「野火」「おとうと」「破戒」など文芸作品を、独自の解釈をまじえつつ安定した作風で次々と手掛けて「鬼才」といわれるようになった。「鍵」はカンヌ映画祭の審査員特別賞、「ビルマの竪琴」はベネチア映画祭のサン・ジョルジョ賞を受賞。

 「東京オリンピック」では、ドキュメンタリーのワクにとどまらない劇的効果を狙った映像で「記録か芸術か」の論議を巻き起こした。また、テレビでも「木枯し紋次郎」で茶の間のファンを沸かせた。76年からは横溝正史シリーズの「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「獄門島」などを監督し、娯楽ものに新境地を開いた。

 「細雪」や「おはん」「鹿鳴館」のほか、「ビルマの竪琴」では自作の再映画化に挑戦。「四十七人の刺客」で、95年の日本アカデミー賞の優秀作品賞と監督賞を受賞。94年、文化功労者に選ばれた。

 03年には小津安二郎監督の「晩春」をテレビでリメーク、06年には自作の「犬神家の一族」をほぼ同じ脚本でリメークするなど、製作意欲は最後まで衰えなかった。

 1月24日に息苦しさを訴え、都内の病院に入院していた。昨年8月、三谷幸喜監督の映画「ザ・マジックアワー」(今年6月公開)に映画監督役で出演したのが最後の活動となった。

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