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「モップス」の鈴木ヒロミツさん死去

2007年03月15日11時02分

 歌手やドラマの脇役として活躍した俳優鈴木ヒロミツさん(本名・弘満=ひろみつ)が14日午前10時2分、肝細胞がんのため都内の病院で死去した。60歳。今年初めに余命3カ月の告知を受け、家族とともに暮らすことを望んで入院治療は受けなかった。グループサウンズの伝説的バンド、ザ・モップスのボーカリストとして井上陽水、松任谷由実ら多くのミュージシャンに影響を与えた。

 所属事務所のホリプロによると、鈴木さんは妻美枝子さん、1人息子の雄大さん(20=大学2年)にみとられ、眠るように息を引き取った。前日には見舞いに訪れた友人らと言葉を交わしていたが、この日午前に急変した。最後は雄大さんの名前を何度も呼び、周囲の呼び掛けにうなずく場面もあったという。

 鈴木さんは昨年12月末から腹痛などの体調不良を訴え、今年1月に都内の病院で検査を受けた。すでに末期の状態で、手の施しようがなかった。医師との長年の信頼関係から、家族とともに「余命3カ月」の告知を受けた。

 その後2つの病院で検査も受けたが、結果は変わらない。「残りの時間を家族とともに過ごしたい」と入院はせず、週に1度の通院と投薬による自宅療養を選んだ。告知後も落ち込んだ姿を見せず、周囲には温かい言葉をかけて気を配っていた。13日に通院した際に、そのまま入院した。

 67年にグループサウンズ、ザ・モップスのボーカルとして「朝まで待てない」でデビュー。「たどりついたらいつも雨ふり」「気らくにいこう」などのヒット曲を出した。アイドル調のGS全盛時代に、R&B色の濃いサイケデリックサウンドをいち早く日本に持ち込んだ。井上陽水がステージの前座を務めたり、追っかけの中には高校生時代の松任谷由実がいたこともよく知られる。ほかにも忌野清志郎、バブルガムブラサーズなど影響を受けたミュージシャンは多い。

 74年にザ・モップスを解散後「モービル石油」のテレビCMが話題になり、俳優に転身。「夜明けの刑事」などのドラマや、NHKの若者向け番組「レッツゴーヤング」で司会を務めるなど幅広く活躍した。個性的な髪形と丸いメガネでおなじみのユーモラスな三枚目タレントとして親しまれた。

 大きな病気はしたことがなく、酒豪と食道楽で知られた。ウイスキーのボトル1本を空けることもあり、宴会の後でラーメン2杯を食べるほどの大食漢でもあった。食への好奇心から、世界中の珍食材に挑戦した著書「食わずに死ねるか!」を出版したこともある。大の中日ファンでも知られ、スポーツも大好き。雄大さんとラグビー観戦を楽しむことも多かった。ホリプロ関係者は「楽しむことを味わい尽くした人生でした」としのんだ。

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