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ヒトラー・ユーゲントに贈った関の短刀、70年ぶり帰郷

2007年02月03日

 第2次世界大戦前、日独友好を目的に日本を訪れたドイツの青少年組織「ヒトラー・ユーゲント」に、現在の岐阜県関市にあった工房から贈られた短刀が約70年ぶりに同市に帰郷し、同市南春日町の「関鍛冶伝承館」で一般公開されている。市内の刃物問屋「井戸正」の井戸誠嗣社長(64)が、組織の一員として来日した人の遺族から譲り受け、市に寄贈した。井戸さんは「たまたま遺族と知り合いだったことで刀が関に戻ってきた。運命的な出会いだ」と感激している。

 1936年の日独防共協定調印などに伴う関係強化を受け、両国は38年、互いに青少年団を派遣した。ヒトラー・ユーゲントの一行は30人。同年8月から約90日間にわたって日本各地を訪問した。

 一行が関町(現在の関市)を訪れたのは10月3日。古くからの刃物の産地である町内で、名刀「孫六」や刀鍛冶(かじ)の鍛錬の様子などを見学。地元の工房から特産の短刀が一行に贈られた。

 今回、井戸さんは一行の一員だったフリッツ・ヘアウィッグ氏の遺族から短刀を譲り受けた。ヘアウィッグ氏は来日当時19歳。帰国後に空軍パイロットとなり、21歳の若さで戦死した。短刀は遺族がヘアウィッグ氏の死後も保管、98年になっておいのエルンスト・ニゲロさん(68)に遺産相続された。

 ニゲロさんは、ドイツの一大刃物産地、ゾーリンゲンで刃物関係の会社を経営しており、取引を通じて知り合いだった井戸さんに昨年11月、「刀を故郷へお返ししたい」と申し出たという。

 短刀は長さ約20センチ。つかの部分に「ヒットラー・ユーゲント来訪記念」と刻まれている。井戸さんによると、刃には良質の鉄が使われ、関の刀に特徴的な波打つ刀文がある。傷つきやすいが、さびも傷もなく、大切に保管されていたことがうかがえるという。

 「両国はやがて悲惨な戦争に突入したが、平和が戻り、やっと刀が帰ってきた。平和の大切さを改めて感じる」と井戸さんは話している。

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