現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 〈救え高松塚壁画:2〉伊では「はがさず現地で」主流に2007年03月14日14時31分 約10センチ角の鉄骨を使った長方形の枠(縦約1.5メートル、横約2.5メートル)が、半地下式の倉庫いっぱいに並ぶ。400基の鉄枠が整列する姿は、巨大な書棚のようだ。
イタリア南部、パエストゥムの国立パエストゥム考古学博物館。鉄枠には、紀元前5〜同3世紀の壁画墓を解体して出した壁石が、1、2枚ずつはめ込まれている。鉄枠をスライドさせると、彩色壁画が描かれた石灰石の板が姿を現した。 ■ ■ 「鉄枠収納」のシステムは欧州連合(EU)の援助で数年前にできた。石はいずれも1トン以上あるが、システムのお陰で大人ひとりでもスムーズに引き出せ、絵の修復や計測が可能になった。 壁画墓は約100基あった。石灰岩の床上に、同質の切り石を家形に組んだもので、風化の懸念から戦後に解体されて博物館に収まった。解体保存では高松塚古墳の先輩格だ。しかし、飛鳥美人発見から1年後の73年に視察した文化庁の研究者は「(高松塚では)不適当」と退けている。 鉄枠収納ができるまで、ほとんどの石が収蔵庫に立てかけたままだった。また、展示された20基分の壁画も、大きく割れた石をくさびでつなぎ合わせるなど、大胆な修復が試みられ、窓から入る太陽光を遮るような施設もない。こうしたおおらかさが、日本側には受け入れられなかったらしい。 ■ ■ イタリアではかつて、解体や壁画のはぎ取りが各地で実施された。しかし今、主流は現地保存だ。はぎ取りの結果が思わしくなかったためだ。 一例がローマの北約100キロにあるタルクィニア国立博物館にある。紀元前9〜同2世紀の地下墓から1950年代にはぎ取られた壁画だ。 当時の技術陣は薄くはぎ取った壁画をカンバスに張った上で木枠にはめて展示した。しかし、年を経るうち木枠がゆがみ、鉄棒やワイヤなどを裏側に通して引っ張らないと、馬上の人物や神々が描かれた多色壁画が波打つようになった。 タルクィニアにある約6000基の地下墓中、約140基といわれる壁画墓のほとんどは、地下数メートルの現位置で保存されている。公開は15基。石室入り口にガラス窓を設け、見学者がスイッチを押すと照明が数分ともる。 民有地にあるなどの理由で未公開の墓も多い。管理人が月1度ずつ入室して点検するが、一部では緑色のこけが薄茶色の壁面を汚していた。 「管理人が前回の点検時につけた照明を消し忘れたのが原因。薬剤をまいたけれど、ふき取らなかったので黒く変色してしまった」と、同館の絵画修復士エンリカ・フォスキさんは渋い顔だ。 多数の人の出入りがカビ発生と壁画劣化を招いたとみられる高松塚と同じ「人災」が、イタリアにもあった。しかし、フォスキさんは言う。「現代医学と同じ。無駄な薬を与えずに患者自身の力で健康を保つのが一番なのです。未来に新しく最高の技術が発見されるまでは、へたに触らず、静かに残す方がいい」 × × 〈高松塚のうんちく〉 壁画発見から1年半後の73年10月、イタリア人のモーラ夫妻が高松塚古墳を訪れた。夫パウロは国立中央修復研究所の主任修復士、妻ラウラも同研究所の修復士で、意見交換のため文化庁に招かれた。10日間滞在し、壁画を観察。その助言をもとに「壁画は歴史上・芸術上・保存上の観点から、現地保存とする」という結論がまとまった。 PR情報 |