現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事

冷泉家の歌集そろった 不明の一帖、三重の博物館購入

2008年02月24日02時17分

 歌人・藤原定家(1162〜1241)の流れをくむ冷泉家(京都市上京区)に伝わり、39帖(じょう)が国の重要文化財に指定されている鎌倉時代の歌集写本群「私家集(資経本(すけつねぼん))」で、唯一行方不明だった「斎宮女御集(さいくうにょうごしゅう)」1帖が、三重県立斎宮歴史博物館(同県明和町)の調査で見つかった。同館は開館20年記念の目玉として購入し、4月以降の公開を計画している。

 冷泉家の私家集は、小野小町ら有名歌人の個人歌集の写本群。鎌倉時代の年記と藤原資経の署名がある。だが、斎宮女御集は、この「資経本」を写したとみられる江戸時代の写本しか残っていなかった。

 見つかった写本は縦23センチ、横15センチ、表紙を含めて40ページ。鎌倉時代の永仁2(1294)年の奥書がある。昨年6月、同博物館が東京の古美術商から連絡を受け、専門家と共同で調査していた。

 同博物館によると、字の配置が江戸時代の写本と一致し、独特の奥書も藤原資経のほかの写本と同じ特徴があったという。現存する斎宮女御集は伝わった系統によって収録する歌の数が違うが、今回の発見は歌集の成立過程を考える上でも重要な資料という。

 斎宮女御は三十六歌仙の1人で、村上天皇の妃、徽子(よしこ)女王(929〜985)のこと。「源氏物語」に登場する六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)と娘の秋好中宮(あきこのむのちゅうぐう)のモデルとされる。同博物館の榎村寛之学芸普及課長は「鎌倉時代の歌集の実物が1冊丸ごと出てくるのは稀有(けう)なこと。源氏物語千年紀の年に見つかったのも何かの因縁を感じる」と話している。

 購入にあたっては、三重県内に工場がある京セラミタ(大阪市)が1575万円を寄付する。

PR情報

このページのトップに戻る