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家族への思い永遠に JR脱線犠牲者の絵手紙展、銀座で

2008年04月22日00時41分

 05年4月のJR宝塚線(福知山線)脱線事故で亡くなった兵庫県西宮市の元漫画家、石井利信さん(当時55)が残した絵手紙の展覧会が東京都中央区銀座8丁目の画廊「東邦アート」で開かれている。同社大阪店長だった石井さんの元同僚が企画した。家族への思いが込められた約200枚が展示されている。

写真亡くなった石井利信さんが描いた絵手紙

 石井さんは70〜80年代に漫画雑誌などで雑賀(さいが)陽平のペンネームで活躍するかたわら、東邦アート大阪店に勤務。西日本各地の百貨店に出張し、展覧会を提案して回った。旅先で感動した風景を描いたり、体調を気遣ったりした絵手紙を妻の房江さん(57)や実母に送った。事故で亡くなるまでの8年間で約1500枚になった。

 石井さんの1年後輩の原田誠一さん(54)=大阪府東大阪市=はよく出張をともにした。「お母さんに描いたんや」とうれしそうに絵手紙をポストに入れる石井さんの姿を目にし、「家族思いの人だな」と感心した。

 3年前の4月25日、原田さんは出勤途中、マイカーのラジオで事故を知った。「石井さんが使っている路線だ」。出社後、連絡を取ろうとしたが携帯電話が通じなかった。親友を突然失ったショックで眠れない日が続いた。要だった石井さんを失った大阪店は07年9月、より小さなオフィスに引っ越した。

 その翌月、房江さんが大阪市北区のギャラリーで開いた石井さんの個展をのぞいた。スピーディーでかわいらしい筆致、淡い色づかい……。原田さんに、いつも笑顔だった親友との思い出がよみがえった。東京でも展覧会を開きたいとの思いが募り、同僚と準備を進めた。事故の記憶を風化させないため、開催期間を石井さんの命日と重ねた。「彼が生きた証を多くの人に知ってもらいたい」という。

 19日午後、展示会場で「偲(しの)ぶ会」が開かれた。長男の耕太郎さん(30)や同社社員らとともに顔を見せた房江さんは「関東では事故の記憶がさらに風化している。幸せに生きていた人が一瞬で命を落とす悲劇があったことを、多くの人に思い出してもらいたい」と話した。

 絵手紙展は30日まで。午前11時〜午後7時。日・祝日は休み。問い合わせは東邦アート(03・3573・5377)へ。(根岸拓朗)

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