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ハリスに贈った茶道具発見 幕末の日米交渉の「証人」

2006年09月12日

 幕末に日米修好通商条約を結ぶため来日した米国初代駐日総領事タウンゼント・ハリス(1804〜78)を江戸幕府が接待した茶会で使われ、その際に贈られたとみられる茶道具の所在が米国で確認された。交渉役の下田奉行・井上清直(1809〜68)が愛用した品で、専門家は「激しい外交交渉の裏の両国の交流がわかる」とみる。

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茶棚の上部には「ジェームズ・アームストロング提督へ」「タウンゼント・ハリス 日本の下田で」などと英字で記されている=米ピーボディー・エセックス博物館で

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江戸幕府側からハリスへ贈られ、約150年ぶりに見つかった茶道具=米ピーボディー・エセックス博物館で

 ハリスは1856年8月から下田(現・静岡県下田市)で幕府と交渉した。将軍と会見する、しないの交渉が続く中、茶会は57年2月に開催。条約は翌58年7月、治外法権の容認などを盛り込んで締結された。

 ハリスの「日本滞在記」では、57年2月24日に下田奉行の私邸で日本料理が振る舞われ、茶会へと続いた。接待は厚遇の証しと伝えられた。ハリスは「これまで私の見た一番美しい茶道具」と評価。ハリスの通訳ヒュースケンの日記には「お茶をいれるのに使った箱と道具を、全部引き出物として領事(ハリス)に贈った」とある。

 茶道具はその後、行方がわからなかったが、東京都の茶道家、佃一可(つくだ・いっか)さん(57)が米マサチューセッツ州のピーボディー・エセックス博物館にあるのでは、との情報を得て所蔵リストなどを調査。ハリスが親しかった米海軍提督に譲り、その遺族が博物館へ寄贈したことが分かった。

 茶道具の桐箱(きりばこ)(幅25センチ、奥行き15センチ、高さ30センチ)には英語で「ジェームズ・アームストロング提督へ」「タウンゼント・ハリス 日本の下田で」などとある。道具は染付(そめつけ)の急須、茶碗(ちゃわん)、茶壷(ちゃつぼ)など。急須には「永楽」の文字、茶碗には「永」の印があり、この2種類は京焼の名工、永楽保全(えいらくほぜん)(1795〜1854)の作らしい。

 幕末の日米交流に詳しい高村直助・横浜開港資料館長は「来歴から本物とみていいのではないか。ハリスは粗末に扱わず、信頼できる人に渡した。井上らの思いをくんだのだろう」と話す。

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