現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 〈表現の秋〉「若き巨匠」たち 氾濫するフレーズ2006年11月24日16時19分 「若き巨匠」「次代の巨匠」。演奏家の、それもまだ気鋭の若手と呼ばれる世代に対する売り文句や論評に、このところ「巨匠」というフレーズが目立つ。 そのひとりが82年生まれの中国のピアニスト、ラン・ランだ。先月の東京公演で超難曲、リストの「ハンガリー狂詩曲」(ホロビッツ編曲)を暴れ馬のような猛スピードで弾ききった。上体を揺すらず悠々と構える演奏ぶりは、彼が敬愛してやまないという巨匠ホロビッツさながらだ。 音楽評論家の長木誠司さんは、「千手観音を思わせる恐ろしいばかりの手の動きを見て、往年の巨匠を重ねたくなる周囲の気持ちが理解できた」と語った。 同じく「若き巨匠」と呼ばれるのが、やはりこの秋来日した75年生まれの指揮者ダニエル・ハーディング。細部にわたり、粘着質ともいえるまでに音楽を作りこむ。賛否両論はあれど我が道を貫くという姿勢には、大物感が漂う。ホームページには自ら「音楽を作り上げる喜びと刺激的な挑戦を可能にするオーケストラ」を求め、常に自問している、と記している。 ともに一流の域にあるものの、「巨匠」には少々若すぎる。今月末にロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を率いて来日する指揮者マリス・ヤンソンスも、世代は上だが、今も「次代の巨匠」と呼ばれる。 内容はともかく「巨匠然」としたスタイルの演奏が増えている、と指摘するのが、ピアニストのクリスティアン・ツィメルマン(49)。「今の若い世代には、巨匠にひけをとらない技術がある。そのうえ過去の録音も映像も豊富。模倣しようと思えば、意外に安易に模倣できてしまう」 一方、受け手側が「巨匠」を求めているから「安売り」になる、との指摘もある。大阪では昨年「若き巨匠たち」なる新人演奏会が開かれた。とあるCDの帯には「バイオリンの真の巨匠とピアノの若き巨匠による円熟の室内楽」。「巨匠」は手っ取り早い宣伝文句にもなっているのだ。 長木さんは「社会性はなくても、ある分野でとてつもない才能をみせる。そんな存在へのノスタルジーが『巨匠』への志向を強めている」とみる。「漫画『のだめカンタービレ』の主人公のだめなどが、まさにそのタイプでしょう」 指揮者で音楽評論家の宇野功芳さんは、コンクールの覇者にありがちな「上手な」演奏ではなく、その先にある宇宙的な世界を開示してほしい、という聴衆の要求が「巨匠」氾濫(はんらん)の背景にある、と分析する。 イメージされる「巨匠」は、例えば指揮者のフルトベングラー。「絶対音感がなく、棒のテクニックもさほどうまくはない。しかし、彼の紡ぐ音楽は、誰にも達せない域にあった」 音楽評論家の東条碩夫さんはこう語る。 「『巨匠』という呼び方は期待の表れだろうが、そう呼ばれる若い演奏家の音楽の多くはむしろ挑発的で、新しい世代の息吹に満ちている。まずは、彼らの『今』に耳を傾けないと、見失うものがあるのではないか」 ◇ このシリーズは今回で終わります。 PR情報この記事の関連情報文化・芸能
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