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〈ふたつのM−マンガと村上春樹5〉「未来示す」文化に共感

2006年11月24日17時15分

 「ドキューン」「ドキドキ」「じぃーん」

写真海外でのマンガの人気は、漢字やかなへの興味をかきたてている
図米国のグラフィックノベル売上げ

 マンガにあふれるオノマトペ(擬音語、擬態語)。マンガが外国語に翻訳される時、それらが日本語のまま残ることがある。当然、読者は関心をもつ。

 マンガの描き方を英語で教える本を国内外で販売しているジャパニメ社(グレン・カーディ社長、埼玉県川口市)は、2年前からかなや漢字をマンガで学ぶ英語版シリーズ「Kana de Manga」「Kanji de Manga」の刊行も始めた。主にアメリカで売れ、約7万5000部出ている。

 アメリカ人のカーディ社長(41)は「こんなに反響があるとは思わなかった」と喜ぶ。「マンガで料理、など日本文化を紹介する企画も立てています」

 海外での日本語学習は、日本が経済大国になるにつれ盛んになった。90年代前半に日本経済が不振になると、人気はやや下向きに。しかし、10年ほど前から、日本のマンガ、アニメに関心を持つ若者によって、アメリカをはじめとして日本語熱はまた上向いた。

 北米では、マンガはグラフィックノベルと呼ばれる。02年、価格を引き下げるなどの競争が起こった。その効果もあってか、この数年の伸びは大きい。日本貿易振興機構が現在、集計を進めている最新の市場調査では、グラフのような数字を示している。売り上げのほとんどは日本のマンガによる、という。

 「今日アメリカには、現代日本文化を読み解くための、大変よく知られたロゼッタストーンが三つ存在する。アニメ、マンガ、そして村上春樹の小説である」

 アメリカ人作家のローランド・ケルツさんは、「群像」12月号にこう書いている(「なぜ日本文学はアメリカで読まれているのか」)。

 村上春樹の小説は、日常から幻想へと継ぎ目なしに広がっていく。マンガやアニメは、超現実的な設定で歴史の流れを一から想像し直す。善も悪もあいまいな世界は、ユダヤ=アメリカ教的な二元論的道徳から解き放たれて、「日本式の自由」「世界を万華鏡的に見る自由」を、アメリカの若者に伝えているという。

 「境界の消滅したこの世界にあって、時間と場所を超越した物語」を語るのに「日本の作家たちは気味悪いほど向いている」。

 東京にあるフランス著作権事務所のコリーヌ・カンタン代表は「フランスではアメリカ的な自由に幻滅し、日本的な自由にあこがれる若者が多い。日本は『未来』を示している」。

 世界中で進む社会の変質から分析するのは、評論家の三浦雅士さんだ。「村上さんはアメリカ的なグローバル化の先にある、均一化された消費社会を先取りしてきた」という。

 都市社会では、人間が死ぬ存在であるという普遍的なテーマが見失われかけている。「だが、村上作品では日常の生に死の世界が連続しており、従来の宗教では満足できない人々をひきつけた」

 それはマンガも同じだ。「自分とは何かとか、世界への違和感、暴力、肉体、死といった、思春期に一番鋭敏になる問題を近未来的に表現してきたのだから」

 若者文化は、「世界で同時性を強めており、いわば同時多発文化の時代になった」(慶応大学の巽孝之教授)。「Kana de Manga」のシリーズもわずかな期間で英語からスペイン語、フランス語、スウェーデン語など、6カ国語に翻訳された。

 このうねりによって、日本文化の「世界を万華鏡的に見る自由」は、さらに欧米に広がっていく。それを相互理解の深まりとして期待するには、日本の「かわいい」文化の現状が、多くの闇をかかえているのが気にはなるが。

=おわり

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