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モネへの手紙千通超、パリで競売へ 印象派の素顔のぞく

2006年12月06日

 印象派の巨匠、クロード・モネ(1840〜1926)に画家仲間や画商が送った1000通を超す手紙が13日、パリで競売にかけられる。モネのひ孫、ミシェル・コルヌボア氏が所蔵する未公開書簡だ。黄ばんだ行間には、ルノワールやセザンヌら美術史を塗り替えた鬼才たちの素顔がのぞく。

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ドガの手紙(1892年)を見るボダン鑑定士=パリの事務所で

 競売されるのは、1870年代から半世紀の間に届いた手紙のほか、絵の売り上げなどを記録したモネの自筆メモ。きわもの扱いだった印象派が認められ、一時代を画していく時期にあたる。

 モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌらによる初の共同展(1874年)は散々の評判。だが、仲間意識と少数の理解者が苦境を支えた。76年に「私は君ら印象派とやらの共犯者にされちまったよ」と書いてきた画商、ポール・デュランリュエルもその一人。手紙は250通を超す。

 79年、モネの愛妻カミーユが2子を残して32歳の若さで病死。ルノワールは「いまパリに戻ったので、悲しい知らせに接するのが遅れた。君の悲嘆を断固分かち合う」とお悔やみを寄せた。

 モネより8歳上のマネは資金援助もし、79年には「それ(借金返済)はもう気にするな。なんてことはない」と気遣う。

 83年、そのマネが51歳で他界。「みんなで花輪を贈る。ピサロ、シスレー、カイユボットに僕。君も加わるか。埋葬の日取りは新聞各紙を見てくれ」とルノワール。

 80年代半ばからモネの生活は安定に向かった。画商を兼ねるカイユボットは「きのう届いた絵は床に立てかけています。いいですね。あなたのアトリエの女性たちより興奮させる」(93年)。

 「君の招待に居ても立ってもいられず、すぐ行くことにした。大人物との友情は神の恵みだ」。これは「睡蓮(すいれん)の池」で知られる北仏ジベルニーのモネ邸に招かれたセザンヌの礼状(94年)。

 これら手紙類の放出は、子供がいないコルヌボア氏の決断による。パリの競売業者アールキュリアルが8日から公開、332のロットに分けて売りさばく。収集家のほか、内外の美術館や図書館などが応札しそうだ。落札予想額は、送り主と保存状態により200ユーロから1万ユーロ(約150万円)超で、計50万ユーロ(約7600万円)という。

 すべての手紙を鑑定、解読したチエリ・ボダン氏は「モネあての私信がこれほど大量に出たことはない。文字を追いつつモネと一緒に暮らしている気分になった。特に画商とのやりとりでは新事実がたくさんあり、絵画史研究のうえでも貴重な史料ではないか」と話している。

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