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〈06回顧:2〉美術 地域に根ざした活動に成果

2006年12月23日17時16分

 「美しい」という言葉は心地よく響くが、実際に美を生み出すことは、あるいは美と向き合うことは、必ずしも心地よい体験とは限らない。

写真「大竹伸朗 全景」展(東京都現代美術館)の会場風景

 生誕120年を記念した洋画家藤田嗣治の回顧展(東京国立近代美術館など)では、グロテスクな美が際立った。優しい乳白色の肌の裸婦や少女を、主に20世紀のパリで描き続けた画家が、第2次世界大戦の一時期、日本で戦争記録画を描いた。茶褐色の画面に、兵士や民衆のおびただしい死の光景は異様だ。全画業を通した初の大規模展が実現したことで、今後の研究の進展が期待される。

 広告や落書きなど、消費されていく日常的なイメージまで拾い上げ、美として平面や立体作品にしたのは大竹伸朗だ。「全景」展は、約2000点の膨大なイメージと物質で圧倒した。

 05年のベネチア・ビエンナーレ展日本館の帰国展といえる石内都の個展では、亡くなった母の使い古された下着や化粧品を撮った写真作品を展示。対象を凝視する厳しさと、母の死を見つめる優しさが同居した視線が胸に響いた。一方、中ザワヒデキが継続的に実践してきた絵画は、色を一定のルールに従って数字や記号に置き換えたり、逆に数字を色で表現したりする、制御された美といえる。

 ○日本人気づかぬ日本の美

 「美しい国」の美は、日本人だから最も理解できるとは限らない。「若冲(じゃくちゅう)と江戸絵画」展では、伊藤若冲をはじめとして大半の日本人が気づかなかった日本の美を、第2次大戦後に集めた米国人コレクターの高い鑑賞眼を再認識させられた。

 反対に、「ロダンとカリエール」展は、パリのオルセー美術館へも巡回した日本発の企画展。フランスの彫刻家と画家の交流や影響関係を検証した。

 美は、生々しい経済の動きとも無関係ではない。

 日本のオタク文化を作品化するなどして世界的に活躍する村上隆は、今春のニューヨークの競売会で絵画1点が約113万6000ドル(約1億3000万円、手数料含む)で落札され、注目された。村上は著書『芸術起業論』(幻冬舎)で、日本の美術家はもっと「欧米の芸術の世界のルール」を分析し、戦略的に作品の価値を上げる必要があると実体験に基づいて説く。

 その「1作品1億円」も、7月にトーキョーワンダーサイト渋谷で個展を開いた中国の画家、張暁剛(ジャンシャオガン)にあっさり抜かれた。11月、香港の競売会で、天安門を描いた絵画が約235万ドル(約2億8000万円、同)で落札。現代美術でも中国の勢いを見せつけられた。

 ○盗作疑惑、痛い教訓残す

 美は痛い教訓も残した。05年度の芸術選奨文部科学大臣賞(美術部門)を受賞した画家和田義彦の作品の多くが、イタリア人画家の作品と酷似していたことが発覚。再度、選考審査会が開かれ、「盗作と見られてもやむを得ない」として授賞を取り消された。

 今年も美しさは様々な側面をみせたが、大きな潮流をなすより、部分的な傾向にとどまった。その一つとして、「No Border『日本画』から/『日本画』へ」展や「日本×画展」(横浜美術館)など、現代美術やサブカルチャーとも連続するような、新しい「日本画」の検証展が目を引いた。

 地域とのつながりへ目を転じれば、成果はあった。

 新潟県の十日町市と津南町で開かれた第3回「大地の芸術祭 越後妻有(つまり)アートトリエンナーレ」展では、使われなくなった民家を美術家らが手を加えて作品化するなど、美術による地域資源の再活用が注目された。

 昨年10月に開館した九州国立博物館は、国のほか福岡県や民間が資金を出して建設された地域が支えるミュージアムだ。1年間の入館者数は約220万人。当初目標の100万人をはるかに上回り、経済効果は約250億円ともいわれる。

 ○ナムジュン・パイク死去

 今年も多くの才能が鬼籍に入った。彫刻家の飯田善国、建畠覚造、清水九兵衛、写真家の並河萬里、建築家の篠原一男、美術家の松澤宥、美術評論家の大島清次が亡くなった。

 2月、米国からナムジュン・パイク死去の悲報が届いた。韓国出身で、東京大文学部を卒業後、欧米に飛び出してビデオアートの先駆者となった。

 そのパイクと交流し、影響を受けた一人がビル・ビオラだ。日本初の大規模展「ビル・ヴィオラ はつゆめ」(東京・森美術館など)では、水や炎、光を扱った映像が、身体の内奥の感覚を揺さぶる。パイクが切り開いた領域の、豊かな果実を味わった幸福な瞬間だった。

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