現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事

スポーツ総合誌、冬の時代 新興組、ヒーロー不在で苦戦

2007年01月07日10時40分

 スポーツ総合誌が冬の時代を迎えている。昨年6月のサッカーワールドカップ(W杯)ドイツ大会での日本代表の惨敗を受け、光文社の「VS.(バーサス)」(月刊)が7月に休刊し、12月には角川書店の「SPORTS(スポーツ) Yeah(ヤァ)!」(隔週刊)が廃刊した。いずれも、文芸春秋の名物雑誌の「Number」(隔週刊)に対抗しようと創刊された新興雑誌だった。だが、26年続いている、その老舗(しにせ)雑誌も中田英寿の引退に伴うヒーロー不在により苦戦気味だ。春は、いつ来るのか。

 ■W杯で触発、W杯に沈む

 「総合誌にとってサッカーはキラー・コンテンツ(強烈な存在)。W杯の時は週刊化して売り上げ増を期待したのに1勝もできず、予想の7割しか売れなかった」。Yeahの最後の編集長、本郷陽一さんは、こう話す。

 NumberもW杯期間中は毎週発行したが、2週続けて返本率が4割を超え、慌てて発行部数を抑えたほどだ。

 新興雑誌が参入したのは、98年のフランスW杯でのNumberの大躍進に触発されたからだ。日本代表のW杯初出場により、それまで平均して16万部前後を推移していたNumberの実売部数は最高で47万部に達した。広告収入が1億円を超えた号もあった。

 02年の日韓W杯に向け、00年9月にまずYeahが創刊され、02年3月には集英社が「Sportiva(スポルティーバ)」(月刊)を出した。VS.も日韓W杯後の04年9月に続いた。

 創刊当初16万部あったVS.の発行部数は、最後には4万部まで落ち込んだ。16万部からスタートしたSportivaも、いまは6万部に低迷している。「イベントに左右されるのは総合誌の宿命だが、次の風が吹くのを待つことができなかった」と本郷さん。

 根強い購読層を持つNumberも例外ではない。もともとは、300万部の発行部数を誇る米国の総合誌「Sports Illustrated」(週刊)の日本版をめざして創刊された雑誌だ。だが、プロスポーツの種類が圧倒的に少ない日本の土壌で黒字になるのには、「音速の貴公子」と呼ばれたアイルトン・セナによる80年代後半からのF1ブームが起きるまで約10年かかった。野球ファンは雑誌よりスポーツ新聞に慣れ親しんでおり、20〜30歳代の読者が多い総合誌でイチローも松井秀喜も大きなうねりにはならなかった。

 文芸春秋常務の鈴木文彦さんは「総合誌は冬の時代に入った。雑誌作りにスターは不可欠で、人間的に訴求力を持っていた中田の引退は大きい」と話す。

 ■サッカー専門誌は好調

 総合誌の低迷とは裏腹に、サッカー専門誌は好調だ。

 94年に創刊された日本スポーツ企画出版社の「ワールドサッカーダイジェスト(WSD)」(月2回刊)はNumberに匹敵する勢いだ。1号当たりの平均発行部数は約18万部(日本雑誌協会調べ)に達する。

 海外のサッカーだけを扱った雑誌で、詳細なチーム分析や選手の移籍情報が人気だ。吉田治良編集長は「スカイパーフェクTVなどで海外のレベルの高い試合を容易に観戦できるようになり、居酒屋や会社内でうんちくを語る専門的なサッカーファンが増えた」とファンの質の変化を強調する。

 熱心なファンの興味の対象自体も細分化しつつある。老舗のベースボール・マガジン社は国内サッカー中心の「週刊サッカーマガジン」と、海外中心の「ワールドサッカーマガジン」(月2回刊)の二つの専門誌を発行しているが、「購読層はほとんど重ならない」(佐藤景・ワールドサッカーマガジン編集長)という。

 07年はW杯や五輪といった大イベントはないが、野球界では松坂大輔と井川慶らが新たに大リーグに参入する。Number編集長の河野一郎さんは、こう期待する。「長嶋茂雄や王貞治の時代と違い、いまはスターも消費され、耐用年数が短くなってはいる。でも、スポーツには人を熱くさせる力がある。またすぐに風は吹く」

PR情報

このページのトップに戻る