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アートがマネキンに恋をした 展覧会や映像作品に

2007年07月07日11時34分

 最新のモードを身にまとい消費の欲望を刺激するマネキン。だが人間そっくりのリアルなものは、服のデザインに別のイメージを与えかねないと、販売現場では近年減少傾向に。逆に展覧会や映像作品などアートの文脈で使われることが目立っている。フィギュア人気との関連や、「偽物」の魅力が指摘されている。

写真空間劇を演出したマネキン展=5月、京都市上京区の同志社大学で、同大提供
写真「黎明期」のリアルマネキン=東京都品川区の杉野学園衣裳博物館で
写真「オー!マイキー」のDVD

 マネキンといえば百貨店。というわけで東京の松屋銀座本店に足を運んでみた。が、「リアルマネキン」と呼ばれるタイプは本当に見当たらない。テナントを除き同店では約70体を使うが、すべて、頭のないヘッドレスや、のっぺらぼうのようなタイプばかり。1925年の開店時、人間そっくりの「生(いき)人形」のディスプレーをしたことで知られる、いわばマネキンの老舗(しにせ)なのに。

 理由は「髪の毛の色やメークが洋服のイメージに合わないことがある」(宣伝装飾課)からだとか。三越銀座店でも、リアルマネキンは1割程度に過ぎない。

 日本マネキンディスプレイ商工組合によると、マネキンの総生産数は76年の約24万3000体から06年には約6万3000体に減った。一方で、展覧会などでは目に付くようになっている。

 京都市の同志社大では5月末に「七人のマネキン展」が開かれた。アトリウムに仏の写真家フォコンが所有していた少年のリアルマネキン7体を並べて「アート空間」に仕立てた。

 展示を企画した岡林洋教授(現代美術批評)は「服を見せるという本来の役割を一時的に取り去って配置してみると、心理劇のような空間になった」と話す。

 東京都品川区の杉野学園衣裳博物館でも8月7日まで「マネキンの黎明(れいめい)期」展が開催中だ。同学園がマネキンメーカーの七彩(京都市)に注文したり、同社から借りたりした29体のリアルマネキンが並んでいる。

 戦後すぐは、素材に楮製紙(ちょせいし)を使ったものが多かった。それに続く国産初の繊維強化プラスチック(FRP)製は、カツラの採用、47センチのくびれたウエストが反響を呼んだ。60年代後半には、ミニスカートブームを巻き起こした英国のツィギーをイメージしたものなど、時代を映してきた。

 神戸ファッション美術館では、14日からの「麗しのロココ衣装展」のため、リアルマネキン30体を新たに製作した。

 映像に目を移せば、テレビ東京で00年から昨年まで放映された「オー!マイキー」がある。動かないリアルマネキンを使った画像で進む、現代アートのような超現実的味わいで人気に。

 リアルマネキンとアートはなぜ共鳴するのか。

 国産マネキンは、実はもともとアートと近い場所から生まれている。国内初の本格的メーカーは1925年、京都にできた島津マネキン。経営者の島津良蔵は東京美術学校で彫刻を学んだ。同校卒の向井良吉も参加したが、戦争で閉鎖。戦後に向井らは七彩工芸(現七彩)を起こした。

 その後も、芸術家はマネキンに携わってきた。多くは生活の糧を得るためで、画家の東郷青児、芸術家の岡本太郎が修理をしていたこともある。

 マネキンは、不用になれば捨てられる。京都造形芸術大の藤井秀雪教授(マネキン研究)は「それでも作家は自身の主義主張を入れてつくった」と語る。そんな作家の思いが、現代によみがえってきたのか。

 「オー!マイキー」製作総指揮の映像作家、石橋義正さんは、「服を着ていても、エロチシズムがある」と指摘。人間によく似たところが魅力で、「人は『リアルな偽物』にひかれるんです」と話す。

 美術評論家の天野一夫さんは「マネキン自体も身体性が希薄になり、記号化してきた。その揺り戻しとしてリアルマネキンが面白がられている」と分析する。

 アニメのキャラクターなどの「フィギュア」人気から読み解くのが、京都服飾文化研究財団の深井晃子チーフ・キュレーター。

 「バーチャルなはずなのにすごくリアルなところが、アニメやインターネットに慣れている人たちに受けているのでは」と言う。

 「マネキン人形のよう」といえば、かつては実在感のない人の形容だった。そのマネキンにすらリアルさを感じるのが、現代のリアリティーなのだろうか。

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