現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 美の惑星直列 欧州3大美術展から 上2007年07月18日10時28分 この夏、美術界は10年に1度の「惑星直列」現象を迎えている。現代美術の動向を占う場と目されている三つの巨大国際展が、ヨーロッパで同時期に開かれているのだ。ドイツでは5年に1度の「ドクメンタ」と10年に1度の「ミュンスター彫刻プロジェクト」、イタリアで2年に1度の「ベネチア・ビエンナーレ」。3大美術展を巡り現代美術の磁場を探った。
美しくて、見やすい。 壁はオリーブグリーンやオレンジ色に塗り分けられ、階段を上がったところにパウル・クレーの87年前の、その上階の小部屋にはドイツ美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターの30年前の小ぶりな絵が、展示の象徴のようにかけられている。現代美術の最先端というより、懐古調の企画展の雰囲気。ドイツ中央のカッセル市で開かれているドクメンタ(9月23日まで)の主会場だ。全体として今回、趣をがらりと変えている。 ■「美術館」的な展示 同展は、戦争で破壊されたカッセルで1955年に始まり、世界の現代美術をリードしてきた。作品選定は、各回ごとの芸術監督に任される。前回なら、ビデオや写真を多用した政治性の強い先端的な表現が目立った。 それが一転、約110人による現代作品や過去の名作が「美術史」という枠の中で「美術館」的に見やすく展示されているのだ。 例えば、カラフルな電灯が明滅する故田中敦子の「電気服」(56年)や、SMを巡るドキュメンタリー映像、張り巡らされた縄と衣服に時折ダンサーが絡みつく振付師トリシャ・ブラウン(米)の作品も、近くで行儀よく並ぶ。近郊のヴィルヘルムスヘーエ城内にある展示場でも、写真を合成した現代作品がレンブラントの油彩画と並ぶ。 「美術の専門家ではない普通の観客が、美を通して作品世界へと招待されることをのぞんだのです」 今回の芸術監督であるビュルゲル氏の妻でドクメンタのキュレーター、ノアック氏は説明する。「過去2回ほどは、作品は美しいか政治的かに二分された。私たちは美しくかつ政治的なものが可能だと思っている」 世界最大規模の美術展ベネチア・ビエンナーレ(11月21日まで)でも、新しい価値の発見よりも、現代美術史を回顧するかのような展示が目立つ。展示は、過去最多の76カ国が参加し、多くが主会場の公園内にある各国館と、企画展に分かれるが、とりわけ米国人初の総合ディレクター、ロバート・ストー氏が指揮する企画部門にその感が強い。 元造船所で、むき出しのれんが壁に味わいがあった会場では、その壁が真っ白に塗られた。巨匠や若手を区画を分けて整然と並べ、まるでストー氏が以前キュレーターを務めていたニューヨーク近代美術館(MoMA)のようだ。 シグマー・ポルケ(独)やジュゼッペ・ペノーネ(伊)らベテランと若手が心地よく混交する。街中にあるペギー・グッゲンハイム美術館のアソシエート・キュレーター、ルカ・マッシモ・バルベーロ氏は「有名でも美しくもないけどエネルギーを与えてくれる作品はあまりない」と指摘。「展覧会はとてもいいし嫌いな作品もない。でも説得されるものを感じないんですよ」 ■枠外に刺激的作品 むしろ「整然とした展示」からはみ出たところで刺激的な作品が目立った。 例えばサン・マルコ広場近くの礼拝堂の暗がりに三つのスクリーンを据えたビル・ヴィオラ(米)。向こうからゆっくりと歩いてくる人物が滝のような水のカーテンを越えて現れ、再び水の向こうに去っていく。黄泉路(よみじ)にも似た生の明滅は幽玄ですらあった。 主会場の外に設けられた、銃弾で撃ち尽くされたような外観のオーストラリア館も、感覚にじかに訴えてくる。蒸し暑いなか、室温は常に20度以下に抑えられ、決して開くことのないエレベーターが低音を響かせながら上下する。 ドクメンタは半世紀以上、ベネチア・ビエンナーレは1世紀以上の歳月を重ねてきた。その間、額縁や台座を飛び出し、時に「美術」という制度すら否定してきた現代美術を、一度立ち止まって歴史化しようというのか。どこか平板で抑制的な一方で、アジアでも増え続ける国際展のあり方を問い直すような緊張感も漂わせている。 PR情報 |