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陵墓公開へ一歩前進 宮内庁、学会立ち入り容認

2007年08月02日12時36分

 歴代の天皇や皇族の墓「陵墓」として宮内庁が管理する古墳のうち、奈良市の神功皇后陵(五社神(ごさし)古墳・全長267メートル)で、歴史・考古学系学会の代表らが今年度中に立ち入り調査をする可能性が高まっている。宮内庁が、研究者からの要望があった場合、古墳の墳丘1段目までの立ち入りを認めるという方針を打ち出したためだ。一般公開へ向けた第一歩となるだろうか。

 7月13日、陵墓を管理する宮内庁書陵部の担当者と歴史系16学会の代表が懇談した。学会側は五社神古墳と、伏見城跡がある京都市の明治天皇陵敷地内への立ち入りを要請。書陵部は庁内で検討し、秋以降に回答すると答えた。予算が認められれば年明けにも実現する可能性が高い。

 宮内庁は昨年、陵墓への研究者の立ち入りについての庁内の指針を見直した。79年に作られた指針では、研究者から申請があれば古墳を囲む堀の堤などの外周部まで立ち入りを認めるとしていたが、新しい指針は最下段までとはいえ、墳丘への立ち入りを認めた。

 陵墓の管理を担当する宮内庁書陵部の福尾正彦・陵墓調査官は「これまでも、陵墓の修理に先立つ発掘調査を学会関係者が見学する際、安全上必要なら墳丘の最下段に上がることを認めていた。今回の指針も、こうした実態に合わせただけだ」と説明する。

 宮内庁は陵墓指定された古墳について、「御霊の安寧と静謐(せいひつ)を守るため」として一般の立ち入りを原則的に禁止している。これらの古墳には考古学的に重要なものが多く、歴史系の学会は70年代から公開を要求。宮内庁は79年から年に1、2回、書陵部が修理のために発掘調査している陵墓で、各学会の代表の見学を認めてきた。

 しかし、研究者らが調べたい古墳と、宮内庁が発掘する古墳は必ずしも一致しない。05年7月、学会側は11の陵墓を指定し、墳丘への立ち入りを認めるよう要請した。今回の指針見直しは、こうした学会の求めに応えたとみられる。

 「宮内庁は最近、陵墓の『情報公開』に積極的になっている」。多くの研究者がこう指摘する。97年には陵墓の可能性があるとして同庁が管理する「陵墓参考地」の宮崎県西都市・男狭穂塚(おさほづか)、女狭穂塚(めさほづか)両古墳に、県教委が入って測量調査することを許可した。陵墓の修理前に実施する発掘調査の報告は、毎年「書陵部紀要」に掲載されるが、72年度に20ページ弱だったものが、03年度は約80ページに。内容も各教育委員会が刊行する発掘調査報告書と変わらないほど詳細になっている。

 16学会の陵墓への立ち入りは研究者16人に限って認められ、報道関係者の同行は認められない見通しだ。専門家が墳丘に上がって観察するだけでも、古墳の年代や形状についての情報を得ることが期待できる。学会側の窓口となっている日本考古学協会理事の高橋浩二・富山大准教授は「調査で判明した事実についてはマスコミに公表し、一般向けの報告会も開きたい」と話している。

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