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王羲之の希少な墨跡 「遊目帖」をカラーで復元

2007年08月14日10時54分

 書聖・王羲之(おう・ぎし)(推定303〜361)の残した数少ない墨跡の一つで、広島への原爆投下によって焼失したといわれる「遊目帖(ゆうもくじょう)」。残されたモノクロ写真から、最新のデジタル技術を使って、その複製を作ろうとする計画が、日中の出版社によって進められている。

写真復元された「遊目帖」(奥は元になったモノクロの写真複製本)

 書の世界のスーパースターに位置づけられる王羲之だが、現在残されている作品は拓本がほとんどで、筆遣いがうかがえる墨跡は世界に十数点しかない。遊目帖はその中でも最良とされるものの一つ。王羲之が益州刺史の周撫にあてた手紙で、18世紀中頃には清朝の所蔵となっていたという。

 日本にやってきたのは、大正時代。義和団事件(1900年)後の混乱に紛れて持ち出されたらしい。

 大正2(13)年に京都府立図書館で開かれた展覧会で一般公開されるが、戦後は行方不明に。所蔵者だった収集家・安達万蔵氏(当時、広島市大手町に在住)が原爆で被災したとみられることなどから、遊目帖も失われたとされている。

 再現計画が持ち上がったのは今年2月だ。

 書道関係の出版物を手がける二玄社(東京)の高島義彦・美術部長が、昭和8(33)年に安達氏が作った遊目帖の写真複製本を入手。これまで内容がよくわからなかった、王羲之の書以外の題字や跋文(ばつぶん)(推薦文)なども収録されていたため、複製を作ることになった。

 元の複製本はモノクロだが、現存する他の王羲之の書などを参考に、中国・文物出版社の協力を得て、カラーで再現する。

 印刷はかなり鮮明で、試作品では、清朝の乾隆帝による題字や所蔵印などが、筆や朱肉のかすれまで表現されているほど。

 「今回の復元で、一般の目に触れることが少なかった遊目帖の全体像がようやく明らかになる」と、研究者らは評価する。

 複製品は、今年12月に中国・北京で開かれる文物出版社の展覧会で公開される予定。販売価格は8万円前後になりそうだという。

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