現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 100年の軌跡振り返る 「日本彫刻の近代」展2007年08月22日15時37分 物事には「たたき台」が必要だ。それあってこそ、次にいいものができる。開催中の「日本彫刻の近代」展は、格好のたたき台を提供した良心的な企画展である。 宮川香山(初代)が1871〜82年に制作した陶の水指(みずさし)から、土谷武の1995年作の軟鋼による作品まで、約70人の約100点で構成(現開催館では96点を展示)。ただ、1970年代以降の作品は3点のみだから、実質約100年の軌跡を振り返る通史展といった方がよい。同種の企てが無かったから貴重である。 大きく8章に分ける。近代の「彫刻」という概念の成立以前の遺産から陳列は始まる。明治時代の旭玉山の作品「人体骨格」(東京芸術大蔵)など実用品や、工芸、置物も展示される。仏師から彫刻家への過渡期の高村光雲の仕事はもちろん、近代国家成立期に必要とされた肖像なども例示。荻原守衛や高村光太郎らロダンの紹介者、継承者の高い達成も確認し、戸張孤雁の個性的な仕事ぶりも添える。 そして意外な光が当たるのが橋本平八。その木彫「花園に遊ぶ天女」(1930年。東京芸術大蔵)は、西洋的写実や奥行き感を吸収したうえであえて平面性、装飾性、叙情性を打ち出し、独自性を獲得している。その「和化」が今、新鮮だ。ほかに「構造社」の「新傾向」の試行あり、「昭和のリアリズム」の章の柳原義達や佐藤忠良、舟越保武あり。ただし、戦後部分は「抽象表現の展開」のテーマのもと、イサム・ノグチや若林奮らも含むが、計23人25点。やや物足りない。 おおざっぱにいえば、西洋の彫刻の主眼は、近・現代で「量塊を通じての実在感獲得」から「空間の把握と再認識」へ移行。さらに「場と環境全体への働きかけ」へ変化している。日本は、当然その流れに組み込まれたわけだが、超絶的再現描写力を培っていた伝統もあり、全く追随したわけではない。本展は、その独自の流れを並べ直して見せ、課題のありかも示した。不足はあるにせよ、将来の通史展を編むためのたたき台となる責任は十分に果たしている。 ◇ 9月17日まで、仙台市青葉区川内元支倉34の1、宮城県美術館。最終日を除く月曜休み。同26日から、三重県立美術館、11月13日から東京国立近代美術館で。 PR情報 |