現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 没後15年、なお刺激に富む中上健次 熊野大学でセミナー2007年09月06日11時31分 作家の故・中上健次が郷里の和歌山県新宮市で始めた熊野大学の夏期特別セミナーが、没後15年の今年も8月初めに開かれた。討議のテーマの一つは、中上が1984年に東京で行った4回連続講演などをもとに今年2月出版された『現代小説の方法』(高澤秀次編・作品社)をめぐって。今なお刺激に富む内容だ。
収録された講演記録の中でも、第1回の「小説を阻害するもの」は、直前に訪れていたパキスタン・ペシャワルでの体験が生々しく、全体の基調をなす。 84年当時はソ連軍がアフガニスタンに侵攻中。中上はパキスタンに逃れてきた難民の少年をペシャワルで知る。父親と連絡をとるために、電話を使おうとせず、毎日ホテルと連絡所の間を歩く少年の行動を描写することのうちに、中上は小説の発想を見る。逆に言えば、電話一本で苦労しなくてすむようなところに小説は生まれない、と。 中上は前年に『地の果て 至上の時』を書き、自身の根拠である「路地」解体後の展開を模索していた。 セミナーの討議で、作家・映画監督の青山真治氏は「中上が小説について語ったことは、いま自分が考えていることに通じる」と語った。例えば描写のこと。熊野に来る列車が紀伊半島に入ると、突然風景が変わり、「描写したい欲望が出てくる」。しかし、そこに唐突に出現するスーパーマーケットや高速道路は描写できるのか。 「小説が書きづらいと中上が言う、その続きはどこに行くのか」。青山氏は、東浩紀氏の『ゲーム的リアリズムの誕生』を参照しながら、ゲームやライトノベルに突破口があるのかもしれないとも言うのだ。 文芸評論家の渡部直己氏は反論して「言葉を通じた『困難』は必要ない、小説はいらない、という現れがライトノベル。だが困難の先にしか新しい創造はない」と、にべもない。 インターネットも携帯電話もなかった84年のペシャワルと比較にならないほど、現在は「小説を阻害するもの」だらけだ。 評論家の柄谷行人氏は、「20世紀の芸術は小説ではなく映画。小説は映画にできない言語的冒険などで生きのびてきた。しかし映画にも小説と同じ『終わり』がある。どちらにも救いはないよ」と、青山氏を挑発するかのようにも語った。 中上の模索は、死後もなお続いているようだ。 PR情報この記事の関連情報 |