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戦時下の文化財保護 「ハーグ条約」批准へ

2007年09月08日11時15分

 戦時下でも文化財を守ろうという意志を明文化した、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の通称「ハーグ条約」を、日本が近く批准する。実は1954年に条約への署名は終えていた。にもかかわらず、実効のある批准に至るまで、半世紀余りが過ぎた。9月中にも批准の手続きをし、ようやく締約国の仲間入りをする。平和憲法を掲げる日本が、戦争を前提とした条約をどう活用するか、知恵が求められる。

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イラク戦争直後の03年、バグダッドの国立博物館の前で警備する米軍戦車=松本健・国士舘大学教授提供

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ハーグ条約で保護されている文化財は「ブルーシールド」と呼ぶ標識を掲げる=ベルギーで、斎藤英俊・筑波大教授提供

 03年のイラク戦争では、メソポタミア文明の古代遺跡が数多く戦闘で破壊された。直後に、ユネスコの派遣で被害調査に出向いた松本健・国士舘大教授は、バビロンをはじめとした世界遺産級の遺跡に、米軍が塹壕(ざんごう)やヘリポート、軍事基地を造っているのを目の当たりにした。

 「米軍の指揮官や兵士がもう少し、文化財の知識があれば、遺跡破壊は避けられたかもしれない」

 そうした戦争などの紛争時に、文化財の破壊や、国外への不正流出を防ぐため、54年に生まれたのがハーグ条約だ。正しくは「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」といい、締約国は117カ国。イラクは締結したが、米国やイギリス、北朝鮮などは加入していない。

 半世紀前、日本は条約の作成に積極的にかかわった。直前に朝鮮戦争があったこともあり、批准をきっかけに文化財が集中する京都や奈良を、戦時に中立地帯となる「非武装都市」にしようという市民運動が盛り上がり、国も国内法の整備を検討していた。

 しかし、批准は見送られた。理由の一つは、文化財の集中地区などを特別に保護するには、放送局や幹線道路など、軍事目標となる施設との間に「十分な距離」を確保しなければならない。その距離が不明確で、日本が期待していた京都や奈良が対象にならない可能性があった。

 99年に、新たに採択された条約を補足する議定書によって、この「十分な距離」を確保する要件に縛られなくてもよくなり、批准への道が開けた。

 さらに、「有事法制の議論が可能になったこと」(外務省国際文化協力室)もある。戦後、憲法9条の下で、武力紛争を前提とした条約を締結することに慎重論があった。それが04年に国民保護法が成立するなど、有事が前提の議論ができる環境が整ったわけだ。今年5月には、条約締結の承認案が国会を通過した。

 もっとも、今の日本では戦争を前提とした条約が、すぐに効果を発揮する状況は考えにくい。実際には、「紛争下の締約国から、文化財が不正に輸入されるのを防止するのが主な効果」(文化庁伝統文化課)とみられている。

 しかし、劇的な即効性はなくても、批准による波及効果は期待できそうだ。

 文化財に関する国際条約に詳しい河野俊行・九州大教授(国際法)は、「複数の条約に加わることで、文化財に特別のステータスがあるという意識を高められる」と話す。

 日本はすでに、文化財保護に関するユネスコの条約のうち、「世界遺産条約」「文化財不法輸出入等禁止条約(ユネスコ条約)」「無形文化遺産保護条約」を締結しており、「水中文化遺産保護条約」も検討中だ。多角的な文化財保護の取り組みで、相乗効果の期待が高まる。

 斎藤英俊・筑波大教授(文化財保存学)は、自衛隊の活動に注目する。

 条約は、平時から軍隊に対して文化財保護の教育を求めている。本来は紛争時を想定しているが、オーストリアやオランダでは、条約に沿った軍隊の教育の中に、自然災害の際の対応なども考慮しているとされる。斎藤教授は「自衛隊への文化財保護の教育を通して、自然災害下の救援や、国外での平和維持活動へと拡大・発展させられるのではないか」と話す。

 半世紀を経てようやく批准した条約だ。多くの知恵を集めて、「活用」を考えていくべきだろう。

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