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バカボン誕生40年なのだ 企画展「赤塚不二夫と愉快な仲間たち」

2007年09月19日15時07分

 漫画家の赤塚不二夫さん(72)のデビュー50周年と、代表作「天才バカボン」「もーれつア太郎」の40周年を記念する企画展「赤塚不二夫と愉快な仲間たち これでいいのだニャロメ!展」が、東京都杉並区の杉並アニメーションミュージアムで開かれている。

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「より多くの人に赤塚作品に触れてもらいたい」と、りえ子さん=東京都杉並区の杉並アニメーションミュージアムで

 赤塚さんは、旧満州に生まれ、奈良や新潟で少年時代を過ごした。54年に上京し、56年、少女漫画「嵐をこえて」でデビュー。その後、バカボンやア太郎、おそ松くんといったギャグマンガで人気を博した。

 バカボンは67年、週刊少年マガジン(講談社)で連載が始まった。一時、週刊少年サンデー(小学館)に移ったが、71年以降、週刊ぼくらマガジン(講談社)や週刊少年マガジンへと代わり、テレビアニメにもなった。

 ア太郎も、バカボンと同じ67年、少年サンデーでスタート。69年、アニメ化された。90年に新しくアニメ化された際には、コミックボンボン(講談社)で新たな原作も連載された。

 会場入り口では、黄金のバカボンパパの像が出迎える。原画や連載当時の掲載誌のほか、赤塚さんが青春時代を過ごしたトキワ荘の模型、故・石ノ森章太郎さんと一緒に風呂代わりに使ったトキワ荘の共同炊事場の蛇口も展示されている。

 赤塚さんは02年、脳内出血で倒れ、入院中。版権管理などをするフジオ・プロダクションの社長だった妻の真知子さんは昨夏、急死した。イギリスに滞在していた現代美術家の長女りえ子さん(42)が急きょ帰国し、社長に就任した。

 りえ子さんが社長に就任してから初の企画展。この1年、改めて父の作品に接する過程で、明るく楽しいストーリーと、ニャロメなどキャラクターの可愛らしさが赤塚作品の魅力、と再認識したという。

 バカボンやア太郎を知らない若い世代も増えてきたが、りえ子さんは「より多くの人に赤塚作品に触れてもらい、作品を守っていきたい」と話す。

 入館無料。月曜日休館。11月25日までの開催期間中、シアターで、平日は午後4時から、土・日・祝日は一日中、バカボンとア太郎のアニメを上映している。毎日先着10人に、同ミュージアムと赤塚さんの公式ホームページに掲載してある「ヒミツの合言葉」を告げると、ミニキーホルダーをプレゼントする。

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