現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 現代版「帝国論」再び グローバル化読み解く試み2007年10月04日10時52分 グローバル化が進んだ世界を「帝国」というキーワードで読み解く。数年前から盛んになってきた試みが広がり続けている。超大国アメリカの分析から、欧州やアジアの新たな枠組み、国境を超えネットワーク化する世界秩序の構想まで。論者の専門も異なれば、用語にこめる意味も微妙に異なるが、論議は深まりつつあるようだ。
今年度の読売・吉野作造賞を受賞したのは『「帝国」の国際政治学』(東信堂)。著者の山本吉宣・青山学院大教授(国際政治学)は、他国に及ぼす圧倒的な影響力が内政までかかわる場合を「帝国」と定義し、外交のみの「覇権」と区別した。 9・11後、国連決議を無視して単独行動に走ったイラク戦争でのアメリカはその意味で「帝国」。しかも表向きは平等な主権国家システムに併存し、裏の論理として機能する「インフォーマルな帝国」だという。 「アメリカが帝国たれとする考え方はベトナム戦争当時からあり、そのことへの問題意識が研究につながった」と山本さん。帝国システムをブッシュ政権中枢で支えたネオコン(新保守主義)思想の浮沈を、詳細にたどり、反米・親米を超えた分析となっている。 水野和夫・三菱UFJ証券参与の『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞出版社)は、資本が国境を超え、国民国家が衰退する新たな時代の見取り図。アメリカの「金融帝国」化、ロシア、インド、中国など旧帝国の復権を予測する。 拡大する欧州連合(EU)を「規制帝国」と呼ぶ議論もある。昨年出た論文集『帝国論』(講談社)で、鈴木一人・筑波大准教授(国際政治経済学)は、新規加盟国に多大な努力を強いたシステムに着目した。 一方、今年出版された、500ページ超の大作『帝国の条件』(弘文堂)は、国や地域を特定しない。著者の橋本努・北海道大准教授(社会経済学)によれば、資本主義のフロンティアが消滅した現代の帝国は、もはや領土的な権力の中心が存在しないから、という。 橋本さんは9・11をニューヨークで体験した。その実感を生かし、アメリカ主導の現在の世界秩序と、「帝国の裏現象」であるテロ組織から書き起こした。その上で、誤解も多いというネオリベラリズム(新自由主義)など帝国の現状を支える思想を分析。人々の生をいきいきさせる「善(よ)き帝国」の構想を展開した。 「イラク戦争を批判する論理がもてなかったポストモダンの思想に、危うさを感じた。でも自由主義が行き詰まっているとは思わない。ネガティブに語られがちな『帝国』の議論を、挑発し、反転させてやろうと思った」。「自生化主義」「全能人間」「超保守主義」など独自の概念、為替取引税や世界貨幣の導入――。「空想的」かつ具体的な問題提起が注目される。 帝国論の盛り上がりは90年代初め、ソ連崩壊と東西冷戦の終結にさかのぼる。再び活発化した“第2波”のきっかけは、9・11も大きいが、何といっても03年に邦訳が出たネグリ&ハート『〈帝国〉』(以文社)だろう。世界を分割した帝国主義は終わった。国家を超えたグローバルで単一な主権形態こそが帝国であり、国境を超えて移動する労働者「マルチチュード」が、帝国の資本支配に対抗するという、「オルタナティブ」を示す論争の書だ。橋本さんの著書も、その議論をふまえている。 邦訳の監修にあたった市田良彦・神戸大教授(社会思想史)は、「冷戦後、迷走する左翼にきれいに将来像を描いてみせたこと」が反響の理由の一つとみる。 来春、そのネグリが初来日する。東京でシンポジウムを企画中の姜尚中・東京大教授(政治学)は、「依然として国民国家の枠組みでしかとらえていない我々に、国家のあり方を解体していく可能性を示した」と期待を寄せる。 ネグリらの帝国論に対しては、同じ「帝国」という言葉を使う論者からも「領土を重視する政治学の立場では、ぴんとこない」(山本さん)という声がある。 こめる意味は異なるのに、なぜ多くの人々がこの言葉にひかれるのか。覇者が暴走し、強者―弱者という非対称な関係性が強まる世界の反映か。『帝国論』の編者である山下範久・立命館大准教授(歴史社会学)は、これまで経験したことのない「深いレベルで起こりつつある変動への憂慮」とみる。混沌(こんとん)が続く限り、もうしばらく、このマジックワードが呼び出されそうだ。 PR情報 |