現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 さまようパブリックアート 再開発・保養地閉鎖でピンチ2007年11月08日10時24分 誰でもアートを身近に楽しめるように、街角や広場につくられてきた「パブリックアート」。作品のインパクトの強さに拍手を送った除幕式ラッシュも今や昔。公共の場所にあるが故に再開発の波にのまれやすく、有名な作家が手がけた彫刻や立体造形が設置場所を追われ、さまよう例が続いている。
ふくやま美術館(広島県福山市)で今年9月25日、彫刻家の清水(きよみず)九兵衛(1922〜2006)による作品「双立(そうりつ)」の除幕式があった。幅は10メートルを超え、高さも3メートル近い。鉄とアルミニウムでできており、羽を広げた火の鳥のような威容を誇る。 「双立」は91年、東京・目黒のオフィスビル前に設置された。最初の所有者は目黒雅叙園だったが、その後、所有者も代わり、昨年、再開発計画が近くで持ち上がって、廃棄される可能性が出てきた。清水氏と生前親しかった世田谷美術館の酒井忠康館長が「双立」の危機を聞きつけ、都内の美術館などに移設を打診したが話はまとまらなかった。 「優れた作品はパワフルで見る者に訴えかけるから、周囲の建物や空間に緊張感を与える。だから移設先の選択は難しいんです」と酒井館長。危うく廃棄されるところが、美術関連の会議で隣に座ったふくやま美術館の中野政樹館長に相談したことがきっかけで、移設にこぎつけた。 中野館長は「いいものを残すのも大事な仕事。以前から清水さんの作品を欲しいと思っていたので、ちょうどよかった。大きすぎないかと心配したが、美術館の前にうまくはまった」と話す。設置費や塗装費など移設に約700万円かかったという。 名古屋大学では来年2月、陶芸家の加藤唐九郎(1897〜1985)による陶壁「和多津海(わだつみ)」がお披露目される。 陶壁は、高さ約3メートル、重さ約10トン。加藤氏から1969年、名古屋市職員互助会に寄贈され、保養所に飾られていたが、保養所が01年に閉鎖された。陶壁を解体し保存、新たな寄贈先を探したが、大作を受け入れてくれるところはなかなか見つからなかった。加藤氏が愛知県出身ということもあり、関係者の尽力で、名大内で改装中の豊田講堂と一体化する建物のホールへの移設が決まった。 街や公園に増えたアート作品は、「邪魔」と非難されることもあれば、地域のよさを再発見する補助線や見る人の気持ちの支えになったりもする。でも、その功罪を議論するより早く街は移ろうから、アートの寿命も定まらない。 廃棄は免れたものの、「復活の日」がはっきりしないのは、大阪府豊中市の千里ニュータウンに設置されていた「ステンレスの林」。彫刻家の飯田善国(1923〜2006)による立体造形で、高さ約13メートル。3本の鋼鉄に磨き込まれたステンレス板が取り付けられ、風が吹けば板は回転した。 豊中市によると、ニュータウンの再開発で昨年に撤去され、同市と伊丹市にまたがるゴミ処理施設の倉庫に保管されたままになっている。関係者が何カ所か移転先を当たったが、「飯田さんの代表作であっても、作品が大きく移設費用も高額だからと断られた」。結局、ゴミ処理施設が将来リニューアルする際に作品を再活用するという条件で、作品の所有権は施設に移されたという。 どんなに印象深く高名な作品でも、保存がままならないときもある。たとえば、旧東京都庁舎にあった岡本太郎の大壁画。91年の都庁移転でどうするか、議論が巻き起こったが、結局取り壊された。 全国でパブリックアートの設計や監修をする空間造形コンサルタント(横浜市)によると、国内のパブリックアートは約1万件。バブル経済時には、全国で毎日のように除幕式があったが、自治体の予算も収縮している現在、作品は次々と淘汰(とうた)されている。同社は「日本では、アート性が高くても、ぜいたく品として見られてしまうこともあるが、心の豊かさを享受できるアート作品の力をもっと評価してほしい」と指摘している。 PR情報 |