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マンガの力(10) 清原「山田太郎になら4番譲る」 ドカベン

2007年11月20日11時20分

 強肩強打の山田太郎、攻守に天才的な殿馬一人、豪打の岩鬼正美。野球漫画「ドカベン」の個性あふれる登場人物に魅せられるのは、野球少年たちだけではない。

 「山田太郎は今、どうしているんですか?」。西武時代の清原和博(現オリックス)は作者の水島新司にたずねた。十数年前、対談後の雑談。清原の目は真剣だった。

 水島は、自らの野球漫画のキャラクターを集め、高校3年の夏を描いた「大甲子園」を87年に完結させ、「ドカベン」は終わったと心に決めていた。だが、「何でプロ野球に来ないんですか」と食い下がる清原。水島はその迫力に思わず「うん、やろうじゃないか」と答える。95年、プロ野球編として「ドカベン」は復活した。

 清原は「ぼくは、4番の心得をドカベンに教わった」という。本塁打に浮かれず、不振に言い訳しない。山田を追いかけ、球界を代表するスラッガーになった。「山田になら西武の4番を譲ってもいい。だから山田は絶対、西武に入れてください」と清原。その願いを水島はかなえた。

 イチロー(現マリナーズ)は殿馬ファン。プロ野球編で、殿馬をオリックスに入れたのも「優勝するには、ぼくと殿馬の1、2番コンビが必要」とイチローに求められたからだ。水島は今、ワンバウンドでも打ってしまう彼の打撃に岩鬼の姿を見る。「外角のボール球を三遊間に転がす安打はスタイルこそ違え、岩鬼の悪球打ち」と話す。

 架空と実在の選手が混在するプロ野球編以降の「ドカベン」。そこには空想と現実、年代の垣根はない。

 「早くドカベンに登場する選手になりたい」。05年、入団会見でそう宣言した中日の平田良介は「大甲子園」が終わった後の88年3月生まれ。今秋の日本シリーズ第5戦で決勝点をたたき出し、中日の53年ぶりの日本一に貢献した。ただ「夢」はまだ実現していない。「来季もずっと1軍にいて、活躍したらいつかドカベンに出るかも。その日まで読み続けます」

 「平田君、そう言ってくれましたか。名古屋に行ってサインしてあげたいな」。水島は自分の子供のことを語るように目を細めた。作品が選手を励まし、選手が作者を刺激する。両者の関係が「ドカベン」に新しい命を吹き込んでいる。〈敬称略〉

=おわり

   ◇

 ドカベン 神奈川県の明訓高の活躍を描いた野球漫画。「ドカベン」こと山田太郎を中心とした明訓が、ライバル校と熱戦を繰り広げ、配球の妙やルールの盲点を紹介する本格派の内容が絶大な人気を集めた。72年から週刊少年チャンピオン(秋田書店)で連載が始まり、中断を経て「プロ野球編」に発展。現在は、新球団創設後を描く「スーパースターズ編」が連載されている。単行本は延べ100巻を超える大作。

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