現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 うまし言葉は時間がかかる 阿川弘之「大人の見識」2008年01月06日11時08分 作家阿川弘之さん(87)が「軽躁(けいそう)」なる日本人への警告をこめて、先人の知恵やふるまいを語っている『大人の見識』(新潮新書)が好評で発売1カ月で20万部になっている。幼稚な偽モノが横行する時代、叡智(えいち)へのあこがれが背景にあるのかもしれない。
昨年春に完結した「阿川弘之全集」(全20巻)の「六十年に及ぶ端正で格調高い文業と、今なお旺盛な執筆活動」に対して、昨年暮れに菊池寛賞が贈られたばかり。 文化勲章受章者で文壇の最長老的な存在であるが、自他ともにみとめるせっかち。最近は丸くなったともウワサされるが、かんしゃくぶりは「瞬間湯沸かし器」とあだ名されるほど。だから編集部から題名を提案されたとき、いっそ「『老人の不見識』にした方が面白いかも知れない」と考えたなどと前置きしつつ、具体的な見聞や読書体験から、好ましいと思った言葉やふるまいを拾い出していく。 「これは急ぎの御用だからゆっくりやってくれ」と命じた幕末の外国奉行川路聖謨(かわじ・としあきら)、日本人の性格がどうも軽躁であると見抜いて注意を払っていた武田信玄……。騒々しく幼稚なことを言ったばかりにどろぼうに殺された学者について、「つゆ和魂(やまとだましい)なかりけるもの」とふれている「今昔物語」を引いて、「和魂」とは「撃(う)ちてし止(や)まむ」風の勇猛な精神ではなく、日本人なら持っていて当然な「大人の思慮分別」のことだと説明する。 対米開戦のときの東条英機首相はそんな「和魂」がなかったと回想し、人間としての風格のあったのが終戦工作をした海軍提督だった鈴木貫太郎首相と見る。「ユーモアを解せざるものは海軍士官の資格なし」といわれるほど、かつての海軍はユーモアと精神の柔軟さを大事にした。戦争中に大学を繰り上げ卒業、海軍に入ったのもそのよき伝統を感じたからだ。海軍の手本となったのは英国だった。さらにその英国のよさを知っていた昭和天皇と、次々あげていく。 いずれにもあふれる敬愛の思いが、快い味わいを醸しだしている。英文学者福原麟太郎を引いての、「人生の経験を種々通りぬけ、人情の機微も分る年齢に達した人が語る滋味に富んだ言葉」が叡智の結晶、という表現そのままである。 阿川さんは最後に論語の「温故知新」をあげ、「温とは、肉をとろ火でたきつめて、スープをつくること」という吉川幸次郎の見解をそえている。 うまし言葉は時間がかかるのである。今年こそ、偽造の味ではなく、じっくり大人の味を楽しみたい。そう思いませんか。 PR情報この記事の関連情報 |