現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 「謎解き」本 作品の味わい一層深く2008年01月10日10時34分 「新訳」が話題になった翻訳家による「謎解き」本が、次々に出ている。
まず、ナボコフ『ロリータ』(新潮文庫)を訳した若島正さんの『ロリータ、ロリータ、ロリータ』(作品社)。新潮文庫版の5ページほどの分量を徹底的に精読し、ナボコフが埋め込んだパズルを解いていく。 ロリータが登場する前に暗示される証拠物件、クラス名簿で羅列される名前の理由、アナグラムなどの言葉遊びや文字「C」への偏執……圧倒されるばかりの謎解きで作品の味わいを一層深くするが、「たどりきていまだ山腹を自認」とかで、謎は尽きない。 『カラマーゾフの兄弟』(光文社古典新訳文庫)5巻がベストセラーになった亀山郁夫さんの『ドストエフスキー――謎とちから』(文春新書)も、19世紀文学の巨人に正面から挑み、読者の新しい読みを誘う。 ことに、ロシア正教から離反した分離派、異端派の信仰が、作品の各所に大きな存在を示しているという指摘は興味深い。ロシアの大地にグローバリゼーションの広がりを重ね見て、現代との共通性を感受する。 E・ブロンテ『嵐が丘』(新潮文庫)を手がけ、いままたV・ウルフに挑んでいる鴻巣友季子さんのエッセー集『やみくも』(筑摩書房)は、「翻訳家という謎」がテーマといえる。何しろ、G・マルケスとダウンタウンの松本人志の「発想が似ている」と発見したり、大臣の失言を翻訳し、おまけに誤訳を正そうとまでしたりするのだ。 なにかやり出すと横道にそれる、本筋と関係ない細部に目がいく――「やみくも体質」のチェック項目だそうだが、それは複数の言語を並走させる翻訳家の宿命ではないか。若島さんも亀山さんも、きっと「やみくも体質」に違いない。 PR情報 |