現在位置:asahi.com>文化・芸能>文化>文化一般> 記事 片岡球子さん死去 日本画の革新に貢献 103歳2008年01月21日13時32分 鮮やかな色彩と大胆な造形で富士山や歴史上の人物を描き、100歳を超えて現役を通した、文化勲章受章者の日本画家、片岡球子(かたおか・たまこ)さんが16日、急性心不全のため神奈川県藤沢市内の病院で死去した。103歳だった。喪主は弟邦三さん。葬儀は近親者のみですませた。後日、「偲(しの)ぶ会」を開く予定。
故・小倉遊亀さんとともに女性画家の最長老格として、長く日本画界を支えた一人。日本美術院に所属し、伝統を継承しつつも、現代的な感覚を取り込み、日本画の革新に貢献した。 札幌市生まれ。旧制札幌高等女学校から東京の女子美術専門学校(現・女子美術大学)へ進み、日本画を学んだ。26年、横浜市大岡尋常高等小学校(現大岡小学校)の教師となり、30年間勤めた。この間、日本画家の吉村忠夫、安田靫彦らに師事。30年、第17回院展に「枇杷(びわ)」が初入選した。 52年、「美術部にて」で日本美術院賞(大観賞)を受賞、日本美術院同人となった。60年代から、富士山のシリーズ、足利尊氏や北斎ら歴史上の人物を大胆に変形させた姿で描いた「面構(つらがまえ)」シリーズ、裸婦を描いた「ポーズ」シリーズといったライフワークに取り組んだ。 50歳で小学校を退職。その後、女子美大講師、後に教授に。66年、愛知県立芸術大開校にあたって日本画科主任教授に就いた。82年、日本芸術院会員、89年文化勲章を受けた。05年、100歳を記念した回顧展が開かれた。代表作に恩賜賞・日本芸術院賞を受けた「面構 鳥文斎栄之」(74年)など。
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