スーパー「アズダ」の書籍売り場。この週のランキングで1位だったミステリー作家の著作が、3冊6ポンド(約1260円)で売られていた(写真手前)=英ロンドンで
ロンドンの大型スーパー、アズダ。昨年7月20日深夜、5000平方メートルの店舗を数千人が囲んだ。お目当ては21日午前0時発売の「ハリー・ポッター」最終第7巻。2500部が3時間で売り切れた。希望小売価格は17.99ポンド(約3800円)だが、この日の販売価格は5ポンド。破格の7割引きだ。「もちろん赤字。でも『アズダは安い』という印象を残したのが重要なんです」と店長は話す。
◆人寄せの目玉に
同じ日、12.99ポンドで売ったロンドンの独立系書店の店長は「ハリー・ポッターの面白さに気づき、最初にキャンペーンを仕掛けたのは小さな書店。売れると分かってスーパーが価格競争を仕掛けてから、人寄せの目玉になってしまった」と嘆く。競争についていけず、スーパーで買って店頭に置く本屋も出た。
95年に書籍の価格を拘束する再販制が崩壊した英国。大量仕入れ・販売の小売りの台頭と引き換えに、「町の書店」が急速に姿を消すなど、負の影響が鮮明になってきた。「ハリー」はその象徴だ。英ニールセン社によると、第7巻の販売部数は400万部を超えたが、平均価格(児童版)は半額以下の8.75ポンド。先導役がスーパーだ。
アズダには、ベストセラー作家の小説やタレント本など、厳選された売れ筋本約300点が並ぶ。希望小売価格6.99ポンドのペーパーバックは3.86ポンド。「2冊なら7ポンド」だ。店長は「どこで買っても同じだから安い方がいいに決まってる。読者のためです」。
再販制の崩壊は書店の棚も変えた。ロンドン中心部にあるウオーターストーンズやボーダーズなどの大型店では、「3冊を2冊分の価格で」といったシールがはられたベストセラーが平積みになっている。
◆タイトルは半減
業界に詳しい出版社幹部は「本の冊数自体は昔と変わらないが、タイトル数で見ると半分になった。テレビと連動したタレント本など売れ筋が積まれる一方、少部数の本は棚から消えた。『質より量』ですよ」と嘆く。大型チェーンが市場シェアの4〜5割を握って値引きを迫り、出版社側も売れ筋に傾倒する悪循環がおこっているという。
苦境のなか、生き残りを模索する動きもある。
「独立系書店の味方」を名乗るオーストラリアの「リーディング・エッジ」という会社が昨年5月、英国に進出した。契約を結んだ独立系書店に代わり、出版社との仕入れ交渉やマーケティングを代行する。価格競争に苦しむ独立系書店が次々と賛同し、すでに40店が加盟。「数」を背景に仕入れ値で5%値引きが実現するなど、実績を上げている。再販制がないオーストラリアでは7割の独立系書店が加盟しており、ポール・ヘンダーソン社長は「協力して大資本に対抗しないと、小さな書店は生き残れない」と話す。
◆出版社側も対抗
出版社も小売りの大型化に対抗する。名門中堅出版社のフェーバーアンドフェーバーら10社は05年、小売りとの交渉を一元化するために提携し、「インディペンデント・アライアンス」をつくった。編集の独立は保ちつつ、価格交渉や新刊の売り込みを有利に導くための「出版社連合」だ。
ロンドンの書店街チャリングクロスの老舗(しにせ)フォイルズでは、大型チェーン店が3カ月で棚から撤去する書籍でも1年は必ず置き、短命化に対抗する。パヌージャ・ボーガル店長は「本当に本が好きな人は、価格競争やベストセラー偏重を嘆き、良書が長く生き続けることを願っている。価格よりも、出版文化を守りたいという気持ちで買ってくれる」と話す。
○出版不況が引き金
英国で再販制が崩壊した引き金を引いたのは出版不況。「不況は価格が高いせい」と、大手出版や書店が業界で結んでいた定価販売協定を脱退した。その結果が「質より量」だ。
再販撤廃で「消費者利益」を優先するか、堅持して「文化の多様性」を守るかは常に論議の的だ。欧州内でも、独仏は国家政策として再販制を法律で定めるが、スイスで昨年再販制が崩壊するなど、揺れ続けている。
出版不況に苦しむ日本で価格競争が起これば、英国以上の混乱が生じるのは必至だ。業界では売れ残り本を値引き販売するなど再販制の「弾力運用」を進めている。再販を堅持しつつ消費者利益をはかる方策を探ることが求められている。
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縮小する市場、増え続ける新刊点数、4割近い返品率……。日本の出版不況が深刻だ。不況を脱するために再販を撤廃した英国や、書店の合従連衡に悩むドイツ。出版文化を守るための模索が続く両国の事例から、日本の将来を考える。