「おばあちゃんの原宿」で知られる巣鴨地蔵通り商店街=東京都豊島区
埋め立て架橋計画が進められている鞆の浦=広島県福山市、本社ヘリから
世界遺産候補の平泉も、「おばあちゃんの原宿」も、巨大コンビナート群も「文化的景観」――。古寺や城趾(じょうし)だけでなく、ふだん目にする風景が文化財として評価され始めている。国際的な潮流で、5月には新法ができた。風景が文化財として保護されるには、どんな基準があるのか。
◆5月に新法、修理や復元支援
カナダで開催中のユネスコの委員会で、中尊寺金色堂など岩手県・平泉の世界遺産入りが審議されている。政府の推薦書のタイトルは「平泉―浄土思想を基調とする文化的景観」。
「文化的景観」は、ここ十数年の世界遺産のトレンドだ。多様な文化を採り入れようと92年に新設されたカテゴリーで、「自然と人間の共同作品」と定義される。
稲葉信子・筑波大教授(世界遺産学)によると、人が意図的に創造した庭園など▽棚田やブドウ畑などの有機的な土地利用▽聖地とされる山など人と自然のきずなを表す景観、の3種類。「守るべき文化の対象が、中央から地方、権力者から庶民、点から面へと世界的に変化したことが背景にある」という。
日本でも、07年の「石見銀山」(島根県)と04年の「紀伊山地の霊場と参詣(さんけい)道」(三重・奈良・和歌山県)は文化的景観として登録された。
ユネスコの動きは国内の制度にも影響を与えた。05年、「重要文化的景観」が、文化財保護法の対象に加わる。「風土に根ざして営まれてきた人の生活や生業のあり方を表す景観地」で、これまでに水郷や牧場、棚田など9カ所が選ばれた。
文化庁はさらに、工場地帯やニュータウン、商店街など一見、「これが文化財?」と思うものも視野に入れる。
4月には市街地や産業など各分野で典型的な66件を「重要地域」として公表。コンビナート群が並ぶ北海道室蘭市や、バイクや楽器製造が盛んな浜松市の工場地帯、日本初のニュータウンの大阪・千里、東京・神田神保町の書店街やお年寄りでにぎわう巣鴨地蔵通り商店街などが並ぶ。
「土地の記憶が濃く、住民や働く人にとってかけがえのない場所には価値がある」と井上典子・文化財調査官。選定にあたっては、景観が成立したプロセスを歴史的な文献や絵画、写真などの資料やインタビューで掘り起こす。
5月には「歴史まちづくり法」が国会で成立した。文化財に指定された寺社や城跡、建物を中心に「歴史的風致」を守る市町村を国が認定、補助金を出し、管理や修理の技術指導を行う仕組みだ。
すでに景観法があるが、西村幸夫・東京大教授(都市計画)は「景観法は新規の建物の高さや色などを規制し、新法は歴史的な建物の修理や復元などを支援する。両法は景観を守るためのムチとアメ」と話す。
古い建造物の多い金沢市や京都市、山口県萩市などでは、町家が部分的にビルや駐車場に変わる「歯抜け」が起きているが、これまで住宅しか建てられなかった地区でも条件を満たせば町家を飲食店や物販店に転用でき、街並みの統一感を守れる。「この8年で歴史的な建造物の2割が失われた。保全のための市の予算にも限界がある」と野口広好・金沢市景観政策課長。
◆変化の見直しにつながるか
景観を文化としてとらえ、守る動きは60年代から始まった。近代化へのアンチテーゼであり、環境問題や過疎地の活性化といった世界共通の課題が背景にある。
裁判で「歴史的景観権」が争われたこともある。89年、万葉集にも詠まれた和歌の浦(和歌山市)での橋の建設をめぐり、住民らが裁判を起こした。敗訴したが、判決は歴史的景観の存在を肯定した。
中世以来の瀬戸内海の要港、鞆の浦がある広島県福山市では現在、県と市が進める埋め立て架橋計画をめぐり、住民らが景観の保全を求めて係争中だ。港には、階段状の船着き場(雁木)や常夜灯など江戸期の港湾施設が残る。世界遺産の選定に影響力を持つ国際的な専門家機関も保存を求めている。
課題もある。文化的景観は「生きる文化遺産」。生活様式の変化や景気の影響を避けられない不安定な存在だ。何より、土地の持ち主や住民の意思なしには保全できない。
文化庁は「景観に象徴される地域の営みに価値を見いだし、変化の方向性に合意をなすことも大切なプロセス」という。変化に応じて文化財選定を解除するなど、運用は柔軟になるという。稲葉教授は「文化的景観の保全とは、変化を見守ること。人間社会の速すぎる変化を見直すことにもつながるのでは」と話す。(小川雪)