ネット書店「アマゾン」の物流センターで発送を待つ『ハリー・ポッターと死の秘宝』の山。在庫は10万部=17日、千葉県市川市、杉本康弘撮影
全世界で4億部も売れたファンタジーの人気シリーズ最終巻、『ハリー・ポッターと死の秘宝』(J・K・ローリング著)の日本語版が23日、発売される。児童書なのに大人もはまる。一方で、辛口の意見も多い。なぜここまで幅広く読まれたのか。ハリーは、活字離れを救う救世主なのか、それとも……。
時代の緊張感と連動
第1巻は97年、イギリスで発売された(日本語版は99年、松岡佑子訳、静山社)。11歳の少年ハリーが魔法学校に入学、1巻ごとに1歳ずつ年齢を重ねて、学友らとともに魔法を学び成長してゆく。7巻が出るまでに、現実の世界では10年が過ぎた。
9・11後に出た5巻以降、現実と呼応するように物語が急激に暗くなる、と宗教学者の島田裕巳さんは指摘する。
9・11で幕を開けたかに見える21世紀、世界は対テロ戦争に巻きこまれ、善悪の区別が見えにくくなった。物語でも、ハリーの両親を殺した闇の魔法使いヴォルデモートと、ハリーとの距離は近づいてゆく。誰が悪なのか、わからなくなる。
「9・11をはさんだ時代の緊張感と物語の持つ緊張感が連動している。『ハリー・ポッター』を読めば時代の雰囲気がわかる。この世紀末が何だったのかを分析する一番いい道具になるだろう」。島田さんの新著は『ハリー・ポッター 現代の聖書』(朝日新聞出版)。悪とどう対峙(たいじ)すればよいかを教える福音書なのだ、という。
ファンタジーのブームはいつも世界の不安定さと重なって起きる、と言うのはSF評論家の小谷真理さんだ。『指輪物語』や『ナルニア国物語』は第2次世界大戦後に、『ゲド戦記』はベトナム戦争の頃に出された。そして『ハリー・ポッター』と現代。
児童書なのに、容赦なく主要人物が闇の魔法で次々と死んでしまう。「戦争のアンチテーゼや現実を変えようとする力が必要とされる時、ファンタジーが求められる。ファンタジーは甘くて優しいものではなく、残酷さや生きづらさと結びつくことが多い」
『ハリー・ポッター』は日本の本にも影響を与えた。ファンタジーが身近なジャンルになり、妖怪や幽霊の描かれ方が変わった。たとえば、畠中恵の『しゃばけ』シリーズ。ほのぼのとした妖怪たちはみな主人公に心を寄せる。
白百合女子大教授(英米ファンタジー)の井辻朱美さんは「現実と異世界との距離は近くなった」という。『ハリー・ポッター』に登場したゴーストたちは、怖いながらもどこかユーモラス。「昔の幻想文学では、異世界と現実には恐ろしく隔たりがあったのに、今はバリアフリー。幽霊や妖怪も人間を脅かすものではなくなっている」
ハリポタの次は
『ハリー・ポッター』の道具立ても設定も、今までのファンタジーの借り物にすぎない、とマニアックなファンタジーファンからは厳しい声も出る。歴史や地図を思い描けるほどに架空世界を精密に作り上げた『指輪物語』『ナルニア国物語』『ゲド戦記』と比べて、物足りないらしい。
だからこそ読まれるのだ、と翻訳家で法政大教授の金原瑞人さんは見る。いまの子どもたちには、『指輪物語』の冒頭、架空世界の説明が長くて話がなかなか始まらないのがしんどいし、『ゲド戦記』は辛気くさい。それに比べると、汽車に乗って魔法学校にゆき、現実の中に魔法使いがいる『ハリー・ポッター』は圧倒的にわかりやすい。
『指輪物語』も『ナルニア国物語』も、「大人が文学的に価値の高いものだと評価して、子どもから取り上げてしまったという一面もある」と金原さんは振り返る。「子どもの手にファンタジーを取り戻した『ハリー・ポッター』の功績は大きい」
児童文学作家の今江祥智さんは「何を言ってもひがみになるけど」と苦笑いしながら、「3巻まで読んで、もういいかな、と思った」そうだ。「なぜ、大人も子どもも、世界中で読んだのか」今も疑問に思う。等身大の人間の生きかたをリアルに描いてきた作家としては「何でも魔法で解決するのはずるいな」という気持ちもある。
だが、『ハリー・ポッター』後を期待する気持ちは人一倍強い。「もっと面白い作品がいっぱいある。『ハリー・ポッター』を読んで、あー面白かったで終わってしまうのではなく、ハリポタの次、読んで、って頼みたい。誰の本でもいいから、次の一歩、踏み出してくれたらいいのになあ」(中村真理子)
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日本における『ハリー・ポッター』
1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』
99年12月 508万部
2巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋』
00年9月 433万部
3巻『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
01年7月 382万部
4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』
02年10月 350万部
5巻『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
04年9月 290万部
6巻『ハリー・ポッターと謎のプリンス』
06年5月 212万部
7巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』
08年7月 180万部(初版)
(発売年と部数)