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抱える「事情」丹念に 百物語を始めた宮部みゆきさん

2008年8月23日15時6分

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 現代社会の問題を投影したミステリーの名手でファンタジーや時代小説の傑作も生み出してきた宮部みゆきさんが、ライフワークとなる百物語を書き始めた。まずはこの夏、『おそろし 三島屋変調百物語事始』(角川書店)を出版した。「時代や境遇は違っても、人は誰でも心に荷物を抱えている」。どのジャンルでも、それぞれの「事情」を丹念にときほぐす姿勢は変わらない。

 宮部版百物語は、江戸・神田の袋物屋の主人のめいで17歳の娘おちかのもとを客が訪ね、不思議な体験を語る、聞き書き風の趣向。しっかり者だが世間知らずでかわいいおちかは、実は心に深い傷を負っている。「広い世間には、さまざまな不幸がある。とりどりの罪と罰がある。それぞれの償いようがある」と考える叔父が、他人の話を聞くことで「暗いものを抱え込んでいるのはおちか一人ではない」と悟らせようとしたのだ。

 「トラウマや心の病に置き換えなくても、『事情』という言葉ですくい取れるものは誰もが持っている。恋愛や人間関係で傷ついたり傷つけたりしたことはあるでしょう。幸せに見えても満たされなかったり、不幸そうでも生きがいがあったり。そんなことを書くと熱が入ります」

 島流しから帰った兄を嫌った弟が語る「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」や、百両の報酬である屋敷に住みこんだ錠前屋一家の娘が語る「凶宅」、里子から帰った姉と兄との不思議な関係を妹が語る「魔鏡」など5話の連作。超自然の怪しと、人の心の謎が糸となり、複雑な模様の反物が織りあがるよう。

 自己破産を取り上げた『火車』や、バブルと家庭の崩壊を重ねた『理由』など、人の行動の裏にあるものを描いてきた。現実には理由が見えない殺人事件が起こっている。「簡単に答えを出してはいけないと思います。人間は悲しく恐ろしいものだけど、いいところや優しい面もたくさんある。ニュースで知っただけで解釈し、分かったつもりになってはいけない」

 物事をいろんな角度から見る癖が、作品を長くさせる。犯人が悪だというすっきりした解決もない。

 「事件や事故の時、身を顧みずに負傷者を助けるような人の強さを書いてみたい。大変な現実が多いので逆に、ミステリーでコメディーを書いてみたい」

 百物語はもともと、一カ所に集まった人びとが怪談一話を語るごとにろうそくを消していく趣向の会。森鴎外や、宮部さんが敬愛する岡本綺堂ら、多くの作家が題材にしてきた。子供の頃から怪奇小説好きで、一番やってみたかったという。「時間をかけ、世の中の出来事も見ながら、こつこつコンスタントに書き継いで行きたい」

 江戸時代は災害やかぜなどの病気でも、人の命が簡単に失われた。家族は欠ける。だから、親を失った子や独居老人は周りで面倒を見るのが当たり前で、共同体を書きやすいという。「家族という概念より、御店(おたな)、長屋、親族・血族という単位で運命共同体を考えていたのかな」と、書きながら思った。

 非婚者が増え家族の形態が多様化し、新しい老後のあり方が模索されている現在、時代小説は新たな読み手を獲得するかもしれない。(吉村千彰)

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