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忠実の奥に民の生死 小説『出星前夜』飯嶋和一氏

2008年9月18日10時35分

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写真「人間の普遍的な問題を追い続けたい」と飯嶋和一さん=東京都内

 江戸時代初期、大きな転換期を生きる草の根の人々の姿を描き続ける作家飯嶋和一さんの新作『出星前夜(しゅっせいぜんや)』(小学館)は、島原の乱が舞台だ。これまでの乱のイメージを覆し、時空を超えた普遍的な問いかけが伝わってくる。宗教とは、政治とは、そして生きるとは。執筆の狙いなどを飯嶋さんに聞いた。

 主人公は村の庄屋だが、かつては海原に乗り出し交易で活躍、秀吉の朝鮮出兵にも従軍し奮戦した。もう一人の主役はイスパニアの血を受け継ぐ若者だ。島原の乱といえば思い浮かぶ天草四郎は、ほんの脇役でしかない。

 「この乱を描いたものは無数にあるが、キリシタンの反乱とか、苛政(かせい)に耐えきれずに立った農民の蜂起といったものがほとんどだ。そんな単純な話なのか、との疑問が出発だった」

 海を通して広く世界とつながっていた社会が鎖国により閉ざされた、そんな時代が背景として描き出される。

 「武士と農民はまだ未分化で、あそこにいたのは単なる農民ではない。それまで貿易の主役だった海洋の民。所有されることを嫌い、自由を知る人たちだ。耐えられないのは過重な年貢にとどまらず、そうした人たちの精神を殺戮(さつりく)する政治だったのでは」

 物語は蜂起にいたる経緯を丹念にたどる。幕府の政策に従い、いったん信仰を捨てた人たちが、過酷な環境のもと再び神を見いだしてゆく。宗教があったから一揆がおきたのではなく、社会の問題に政治が機能しないためキリシタンとしての結集を招いたとの主張が伝わってくる。政治と宗教をめぐる安直な解釈を戒めるようだ。

 「対比して意識したのは一向一揆だったが、宗教と政治をめぐるイスラム原理主義など現代の問題にも通じるものがあるはずだ」

 後半は戦闘の連続。そして悲惨な結末を迎え乱は鎮圧される。〈生は一瞬のまばゆい流れ星のようなものに思われた。その光芒(こうぼう)がいかにはかなくとも、限りなくいとおしいものに思えた〉。過去の作品と同様、歴史に名をとどめることのなかった人々への鎮魂歌のようだ。

 「書いてみたいのは人間にとっての普遍的な問題。人間はみな死ぬ存在だが、死を体験することはできない。だが、想像力をたくましくすることでイメージすることはできる。ひるがえって『生きるとは』を考えることができるのでは」

 新作は原稿用紙1200枚。『黄金旅風』(04年)は1100枚で、『始祖鳥記』(00年)は850枚。ほぼ4年に1作の寡作だ。

 「2作同時には書けない。これがダメでも、次があると思ったら緊張感がゆるんでしまう。一度緊張感が下がったら、二度と同じレベルまではあがらない。出版社主催の賞を辞退しているのもそのため。もらえば商業ベースで書かなくてはいけない。次作は構想を始めているが、完成がいつかは考えられない。作品を仕上げたばかりで、今はへとへとなんです」(渡辺延志)

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