

大自然の句読点になり、都市を読む補助線になり。日本を含む世界各地にスケールの大きな環境彫刻を残すダニ・カラヴァン。その回顧展の最終展示室の壁には、実作の数々が投影されている。次々に変わる映像に、気づいたのはある種の「亀裂」の存在だった。
今展の特徴は、ごく初期から紹介している点だ。1930年にテルアビブ(現イスラエル)で生まれ、12歳から数人の画家に師事。スタートは絵描きだったのだ。家並みなどを暗い色面で描いた作風は松本竣介的な哀愁をたたえる。
ここから舞台美術に進むことで空間意識が芽生え、壁画、彫刻、レリーフに移行する。後の環境彫刻にもつながるような、立体を寄せ木細工のように組み合わせた作風が、早くも生まれている。
そして環境彫刻。イスラエルの荒涼たる風景に立つ最初期の実作「ネゲヴ記念碑」(63〜68年)は第1次中東戦争時の部隊にささげられたものだ。場所の記憶や風景・天空との交歓を暗示する、うねる曲面や天を指す塔とともに、亀裂も現れている。
この後の環境彫刻は、パリ郊外の「大都市軸」のように、整理されてミニマルになってゆく。しかし、四角錐(すい)に走り、半円球を割る亀裂や、そこから派生したともいえる通路や軸線が常に現れる。
ユダヤの人々の歩みを考えるとき、いま立つ地盤の亀裂である一方、逃走の道であり希望の道でもあるのかもしれない。いや、危機に直面し、そこから道を探る姿勢は、より普遍的なものといえる。
今回、開催館の特徴を生かした作品が展示されているが、その一つに、「亀裂」ともいえる通路から、天に達するような梯子(はしご)を4本かけた表現があり、その思いはさらに強くなる。
80歳近くなったカラヴァンは、砂漠を模した作品の傍らに「砂丘で生まれた。砂に足跡を刻む。風がそれらを消し去った。」と記した。消えた足跡を再び残すため、彼は大地に「亀裂」を刻み続けているのだろうか。(大西若人)
◇10月21日まで東京・世田谷美術館。月曜(祝日の場合は翌日)休館。12月6日から、内容を一部変え、長崎県美術館へ。