じんわりおかしい小説で人気の作家、森見登美彦さん(29)が、初のエッセー集『美女と竹林』(光文社)を出した。荒れた竹林の手入れにいそしみ、竹ビジネスで一発当てる起業を夢みる毎日は、現実か夢想か。でも、美女はいっこうに現れない。ちょっと偏屈な感じの文体に、独特のユーモアがにじみ出ている。(田中京子)
◇
将来に漠然とした不安を感じていた「登美彦氏」は、竹林を活用したビジネスを思いつく。手始めに弁護士志望の友人、明石氏と洛西の竹林に足をはこび、ホームセンターでのこぎりを買い、竹を切る。伐採で筋肉ムキムキになることや、フラスコの中に小さな竹林を作ること、竹林リゾートの開発など、妄想は果てしなく広がる。
このエッセーの大きな特徴は、主語が「僕」でも「私」でもなく「登美彦氏」であることだ。こうした文体は、敬愛する内田百けん(「けん」はもんがまえに月)の『百鬼園先生言行録』や、夏目漱石の『吾輩は猫である』から着想を得た。
そもそもは、「登美彦氏」を主語に日常をつづったブログが、こうした文体の出発点だ。「ブログは一人称で書くと、生々しい感情を垂れ流してしまいそうだった。三人称を使ったのは、客観性を強制するため。私は基本的に恥ずかしがり屋なので、自分のことを書くのはなんとなく抵抗があり、それをごまかすという意味もあります」
何度も竹林に足を運んだのは本当の話だ。森見さんは京都大大学院で竹の研究に取り組み、竹林との縁は深い。
『美女と竹林』の「登美彦氏」は、あくまで作ったキャラクターで、こうありたいという理想でもあり、実際の自分とは違っているという。
「本人は無口だし、そんなに飄々(ひょうひょう)としてもいないのですが、登美彦氏は饒舌(じょうぜつ)で、飄々としたところもあります。だからこの文章を読んで、さらに作者本人に対する誤解を深めてしまう……という恐れは常にありました。しかし、これはもうしょうがない。書く人間としての『業』です」
小説とエッセーの中間のような作品をめざした。とはいえ、事実をもとにした話なので、妄想を広げ過ぎるわけにもいかず、悩みつつ書いた。
「実際にやっている竹の手入れは、ごく平凡な作業。なんとなく不完全燃焼という感じはありました。だから後半で未来予想を書いた時には、せいせいしました。読んでいる人も飽きただろうという考えがあったのと同時に、自分も完全な嘘(うそ)話を書いてせいせいしたかったから」
やはり、本領は、ファンタジーで発揮できるようだ。