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日本語亡ぼさぬために近代文学読み継ごう 水村美苗さん、新刊で訴え

2008年11月25日11時43分

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写真「近代以降、日本語が達成した高みを保っていかなければ」と水村美苗さん

 世界で流通する英語が唯一の「普遍語」として君臨する一方、他の言語は亡(ほろ)びつつある。そんな刺激的なテーマで作家、水村美苗さんが評論『日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で』(筑摩書房)を刊行した。「愛する日本語」を亡ぼしてはいけないという逆説でもある。 作家が小説を書くとき、どの言語を選ぶかは自明だ。「自分たちの言葉」で書く。しかし、12歳から20年を米国で暮らした水村さんには、その出発点から逡巡(しゅんじゅん)と後悔があった。『続明暗』を書くまでを描いた『私小説』(95年刊行)のなかで主人公「美苗」は、「英語で書くということは、世界中の言語に翻訳されるということであり、それ以前に、そのまま世界中の人に読まれるということ」だと気づき、「後悔するとすれば、英語でもの書こうなんて思わずにきたことだと思う」。

 水村さんは当時を振り返って「国連の前に並ぶ万国旗のようにどの言語も平等で、英語が圧倒的な立場にあるという認識がなかった。12歳で気づいていれば、もっと英語にシフトしたかもしれない」。

 「普遍語」の英語が「学問の言葉」として確立した「学問の世界」では、英語の論文でなければ読んでさえもらえない。つまり、世界の「叡智(えいち)を求める人」たちにとって、日本語は「読まれるべき言葉」の仲間に入っていない。

 では「文学の言葉」としての日本語はどうか。歴史を振り返り、「日本語がいかに恵まれた言語か」を強調する。

 世界の多くがまだ無文字社会だった4世紀に漢字が伝わった「僥倖(ぎょうこう)」。当時の「普遍語」の漢文を翻訳して「仮名」が生まれ、大陸から海で隔てられていることで固有の文字文化が花開いた。開国で「西洋の衝撃」が押し寄せた明治以降、西洋の言葉を翻訳する行為から「国語」が生まれ、植民地化されなかったおかげで、日本は二重言語社会にもならずにすんだ。

 「この国語が日本近代文学を可能にした。学問が母語で書かれたとき、文学も最盛期を迎える。漱石や鴎外のように学問の世界にも行けた才能が文学の世界に来た」。歴史の「危うい道」を通り抜けて近代文学が達した「高み」を水村さんは「奇跡」と呼ぶ。その果実は、日本語で読まねば獲得できないはずだが、今や「叡智を求める人」たちは英語へ英語へと流れていく。

 しかし、「日本語が母語でない人でも読み書きしたくなる言葉であり続けること。それは今ならまだ可能」と、水村さんは二つの提案をする。

 まず英語教育。「日本で皆がバイリンガルを目指す必要はない。世界に向かって英語で意味のある発言ができる、一部の優れたバイリンガルを育てることが現実的です」

 そして国語教育。「日本の近代文学を読み継ぐことを主眼とすべき。近代は新しい日本語が生まれた画期的な時期。古い言葉から新しい言葉を生まねばならない時に国語が生まれ、豊かな文学が可能になった。若い頃にいいものに触れないと、いいものは生まれない」

 このまま日本語が「叡智を求める人」に読まれない一つの「現地語」になり下がったら、どうなるか。「人類にとってどうでもよいことではない。人類の文化そのものが貧しくなる」。水村さんは静かに、しかし強く訴えている。(都築和人)

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