横浜トリエンナーレの新港ピア会場。西沢立衛によるシンプルな会場デザインに、インドのシルパ・グプタ「見ざる、聞かざる、言わざる」の大画面が映える
夏、北京五輪開会式。夜空を歩んだかに見えた、花火による「巨人の足跡」は、後にCGと判明した。少女の歌も、実は口パクだった。口パクなら、国内でも、しぐさや動きをまねて本人そっくりに見せる「エア芸」がはやった、そんな08年。
■シワや静脈まで再現
「何がリアルか」が見えにくくなるなか、洞窟(どうくつ)壁画の頃から造作物に本物らしさを求めてきた美術で、リアルさや現実感を再考するような試みが多かったのは、ある意味当然といえた。
表現レベルで「超リアル」を見せつけたのが、金沢21世紀美術館「ロン・ミュエック」展。映画の模型制作で身につけた技術で、人体のシワや透ける静脈まで克明に再現。個展を開いた前原冬樹や大西伸明らの立体も超絶再現力の系譜か。若手画家たちの細密描写も注目された。
ただし、ミュエックの人体像は体長5メートルだったり、顔の表面だけだったり。ドラム缶や脚立そっくりの大西の立体にも、樹脂製だと分かる仕掛けがある。そうした操作を通して、映像化時代のリアルを問うていた。
その意味で、「なりきり」アートの代表格・森村泰昌は、ヒトラーやアインシュタインに扮した映像作品による個展のほか、釜山ビエンナーレや3館を巡回した「液晶絵画」展にも出品。同展は、液晶画面と絵画のリアルさの違いを考えさせた。
では、江戸末期から明治期、西洋のリアルな絵画や写真に出あった私たちの先達は、どう対応したのか。北斎とは思えぬバタ臭い作品を紹介した江戸東京博物館「北斎」展や「五姓田のすべて」展、東京芸大の大学美術館「狩野芳崖」展など見応えのある検証展が続いた。こうした西洋化のなか、独自性を貫いた絵師を紹介したのが「暁斎」展。室町―江戸の朝鮮と日本の絵画の関係を問う「朝鮮王朝の絵画と日本」展も力作だった。
■趣異にした「横浜」
しかし世の中には、もっと現実的な存在がある。例えば、お金。春先には、欧米や中国、韓国の美術市場の活況がようやく日本にも、などと語られたが、金融危機以降は、アジア市場も現代美術を中心に一気に冷え込んだ。3月にはニューヨークの競売で、運慶作と見られる重要文化財級の仏像が約14億円(当時)で落札されたが、果たしてリアルな額だったのかどうか。
投資の対象ともなり、経済の動きとじかに結びつきやすい美術に、日常生活のリアリティーを回復するためか、街に出てゆく現代美術展が目立った。特にかつて違法な特殊飲食店が集まった場所で展開された横浜市「黄金町バザール」は異色。団地に作家が住み込んで制作・展示した茨城県「取手アートプロジェクト2008」や、金沢21世紀美術館による「アートプラットホーム」などが重なった。
「アヴァンギャルド・チャイナ」展、東京都現代美術館「ネオ・トロピカリア」展、森美術館「チャロー!インディア」展と、新興国のリアルな動向を見定めようとする試みも続く。
秋には第3回の横浜トリエンナーレが開催。同時期に東アジアで多数の巨大国際展が重なったが、概念性の強い作品を集めた同展は、趣を異にした。
国内も秋を中心に大型展が疲れるほどに目白押し。動員では14日閉幕の「フェルメール展」が精妙でリアルな描写で人気を集め、90万人超え。東京国立博物館「薬師寺展」の約79万人、美術誌・國華の創刊120年を記念した同「対決」展の約33万人など古美術人気も根強い。キュービスムなどを通し20世紀のリアルさを追究した巨人の全体像を示す、14日までの「巨匠ピカソ」展も国立新美術館とサントリー美術館の2会場で50万人に迫る。一方で、内容以上に数字を求める傾向も、続いた。
■そっくりなだけでは
鬼籍に入った画家では、日本画の片岡球子と、足で描く抽象画の白髪一雄。ともに激しい実験を通じて、独自のリアリティーを探った画業だった。
そう、リアリティー、現実感は、ただそっくりなだけでは現れてこない。現代美術のアネット・メサジェ、写真の石内都の個展が、得難い体験を与えたのも、彼女たちが、社会と自身の内面を掘り下げて「実感」を表現していたからだろう。
リアル再考の年の瀬。インド展の図録にも引かれた、映画監督ゴダールの言葉を借りれば、芸術は「現実の反映」だけではなく、「その反映の現実性」が重要なはずだ。(大西若人)
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〈私の3点〉評者・50音順
柏木博 デザイン評論家
▽「アヴァンギャルド・チャイナ―<中国当代美術>二十年―」 東京・国立新美術館
▽「液晶絵画」 東京都写真美術館
▽「純粋なる形象 ディーター・ラムスの時代―機能主義デザイン再考」 大阪・サントリーミュージアム[天保山]
北澤憲昭 美術評論家
▽「熱帯・楽園・浪漫―美術家たちの『南洋群島』」 東京・町田市立国際版画美術館
▽「五姓田のすべて ―近代絵画への架け橋」展 神奈川県立歴史博物館
▽「岡村桂三郎展」 神奈川県立近代美術館鎌倉
高階秀爾 美術史家・美術評論家
▽「ウルビーノのヴィーナス 古代からルネサンス、美の女神の系譜」 東京・国立西洋美術館
▽「対決―巨匠たちの日本美術」 東京国立博物館
▽「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」 東京都美術館
馬渕明子 美術史家
▽「ガレとジャポニスム」 東京・サントリー美術館
▽「コロー 光と追憶の変奏曲」 国立西洋美術館
▽「アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち」 東京・森美術館
山下裕二 美術史家
▽「井上雄彦 最後のマンガ展」 東京・上野の森美術館
▽「絵画の冒険者 暁斎Kyosai―近代へ架ける橋」 京都国立博物館
▽「朝鮮王朝の絵画と日本 宗達、大雅、若冲も学んだ隣国の美」 栃木県立美術館