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伊藤博文、改革者か支配者か 日韓共同シンポ

2008年12月27日10時58分

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写真伊藤博文

 「維新の元勲」と「植民地支配の元凶」。日韓で評価が分かれる伊藤博文(1841〜1909)を再考するシンポジウム「伊藤博文と韓国統治」が先ごろ、京都市であった。両国の研究者が多様な論点から歴史認識の差を埋めようと続ける共同研究の一環だが、植民地支配の原点を扱う難しさものぞいた。

 日本の10人、韓国の6人が参加し、会場は250人の聴衆でほぼ満席に。日本側の発表は伊藤の統治思想や、米英からみた韓国併合など。漸進的な合理主義者・伊藤の側面が浮かび上がった。

 一方、韓国側は伊藤の政策や、伊藤を撃った安重根をめぐる植民地の記憶などについて、客観的分析を試みた。韓国側には発表要旨に「伊藤の作品だった韓国司法制度改革」と記しながら、「韓国人研究者は改革という言葉を使うことにちゅうちょする傾向がある」と述べる人がいた。依然、「悪人」の前置き抜きに伊藤は語れないのか。

 韓国にとって伊藤の統監時代は、植民地支配という恥辱の歴史の始まり。シンポ終了後、韓国側の研究者が集まって「伊藤を肯定的に描きすぎる日本側の論文がある」などと発言する一幕もあった。

 とはいえ、一昔前ならこの共同研究自体が有り得ない。「歴史の再解釈という考えが近年台頭し、信念のようだった民族主義が世界的に正しいか、考え直す風潮が広まった」。小説『伊藤博文を、撃てない』を05年に出した若手作家の金衍洙(キム・ヨン・ス)さんは、韓国社会の変化をそう説明する。作品には、韓国人の男が安の伊藤狙撃を「偶然中の偶然では」と寝床の中で疑う挿話がある。「民族の英雄」をおとしめたと取られかねない冒険すら可能になったのだ。

 韓国の民主化で90年代に公文書の集約や電子データ化が進み、史料を調べやすくなったことも、客観的な研究を支えている。

 08年秋、ソウルの街角で市民11人に、この共同研究をどう思うか聞いてみた。「正確に調べて認識を共有すれば両国の関係改善につながる」(47歳男性)、「伊藤は過去の人物の一人に過ぎない。よしあしは感じない」(34歳女性)、「根拠のない反日感情を減らせそう」(20歳男性)と、おおむね冷静。「歪曲(わいきょく)された歴史研究」(50歳男性)といった批判は2人だけだった。

 共同研究論文集は来春、日韓両国で出版される。韓国側出版元「図書出版先人」の尹寛伯(ユン・クワンペク)社長は「韓国でも日本のアイドルやドラマを楽しむ時代。特に若者は歴史は自分に無関係だと思っている。批判でも反響があれば、売り上げの点からはありがたい」。

 研究の韓国側のまとめ役、啓明大の李盛煥(イ・スンハン)教授はシンポジウムで「日韓の研究者が伊藤博文について議論すること自体が大きな発展」と語った。09年は伊藤暗殺から100年。それでもなお、日韓両国の見解に差があるという共通認識を確認できたことにこそ、意義がありそうだ。(星野学)

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