神戸女学院大教授の内田樹さんは昨年12月、自分のブログに、大学のゼミの面接で女子学生49人と話して実感したことを書いている。
〈現代日本の20歳の女性たちの喫緊(きっきん)の関心事は何か?……一つは「東アジア」であり、一つは「窮乏」である〉
話はこう続く。例年の面談では相当数の学生が、ブランドやファッションや美食など「消費」に関する研究テーマを挙げた。今年はゼロだ。そして結論。
〈「人はその消費生活を通じて自己実現する」という80年代から私たちの社会を支配していたイデオロギーは少なくとも20歳の女性たちの間では急速に力を失いつつある〉
内田さんが「窮乏シフト」と呼ぶこの傾向は、他の世代にも広がりつつあるようだ。
〈時には、「買わない知性」もある私〉――。40歳代の女性が主な想定読者の雑誌「STORY」(光文社)1月号は表紙に大きくうたった。「この時代に物欲だけを能天気に語っていいのか。無駄遣いしない理性を提案した」と山本由樹編集長。女性誌が牽引(けんいん)した高級ブランド神話も揺らいでいるという。「ブランドは、上を目指せる社会構造を信じられることが前提。身の丈に合わないものに、読者が虚構を感じ始めている」
この傾向は、売る側・つくる側・広める側には脅威だろう。「若い人はいま、メディアに取り上げられるものにほど、商業主義のにおいを感じ、クールな視線を向けます」。福井県立大でメディア論を教える宇城輝人准教授はそう話す。
例えば音楽。興味関心の薄い人も買いそうな、聞きやすい曲があふれる。「おバカ」キャラがウケるなら、そんな面々の歌う曲。無難第一の状況を、宇城さんは「ファミレス現象」と呼ぶ(*1)。「聞きやすい音楽、読みやすい本」「パターン化したドラマや報道」……。この手のメディアの「約束事」が、若者の一部に刹那(せつな)的な話題を提供する一方、知的欲求を持つ層を幻滅させている、と批判する。
「彼らの世代はまじめで、世の中を知りたがっている。なのにメディアは、裸の王様にしか見えない対象の、服の色を論じる。それで若者たちは『裸に見える自分が悪いのか』と、立ち去ってしまう」
一筋縄でいかない消費者を意識してか、最近は「バズ・マーケティング」という宣伝戦略がある(*2)。従来型の広告が、うっとうしいものとすらみなされる。ならば口コミなどで話題を広め、騒ぎを起こそうという戦略だ。けれど、これも難しい。マクドナルドが昨年末にある商品を発売し、店舗に徹夜の行列ができた際には、ネットの掲示板で「やらせでは?」との疑問がわき起こり、アルバイトを動員したことが露見した。話題の裏には何かあるかも。今は、そう見透かそうとする風潮もあるのだ。
建築家の隈研吾さんからは「ポスターの時代」と、その終焉(しゅうえん)の話を聞いた。
「スタイルという一個の情報を世界に流し、どこから何を頼まれてもそのスタイルを繰り返せば、ブランドになる。建築の世界でも、作る側も頼む側もそれを期待し、お約束の状態に満足していた」
けれど今、その「ポスター」型の建築に、見る側がうさん臭さを感じ、変化を求めているという。「その場所で、その発注者で、その建築家が出会った時だけの一体性を楽しもうという流れが始まっている」と隈さんは言う。
「ポスターの時代」の象徴が、地方にとっての東京だったのかもしれない。労働力の集約と、大量消費社会への誘導のために。けれど代わりに、東京が失ったものもあるはず。
宇城さんは教え子たちと話すと、東京があこがれの存在ではなくなったことを肌で感じるという。「ファミレス的な情報で平準化された東京は、ネガティブな世界に映る。むしろ家族や友だちと地元でハッピーに暮らしたいと思っている」
隈さんも「以前の東京にあった、アジア的なカオスの魅力が減り、世界的な都市のブランド発信力は、北京や上海に劣っている」と言っていた。
アジアのにおいを失い、アジアの中でかすむ日本。そういえば、冒頭に引用した内田さんのブログでは、若い女性の関心事は「窮乏」の他にもう一つ、「東アジア」だった。より具体的には、ストリートチルドレンや麻薬、人身売買、戦争被害、テロリズムなどがテーマで、それはつまり、「人権擁護のインフラが整備されていない社会で人はどう尊厳ある生を生きることができるか?」という問いに換言できる、と内田さんは述べる。
ひとつ思い出すことがある。昨今の映画界は、小規模公開の「単館系」作品の不振がひどい。だが08年は阪本順治監督の「闇の子供たち」が、公開館数を7から130にまで増やす大ヒットになり、その理由について映画関係者たちは今も首をひねる。タイの人身・臓器売買や児童買春を告発し、背後の組織と闘うジャーナリストやボランティアを描くフィクションだった(*3)。このヒットの背景に、若い人たちの確かな目があるなら、希望は広がっている。(高橋昌宏)
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*1 ファミレス現象は、大きなはずれがない代わり、極めて珍しいもの、心揺さぶる感動を得にくい状況が、ファミリーレストランの品ぞろえのようであるから。
*2 バズ・マーケティングのバズはbuzz(ハチのブーンという羽音)。「うわさを広める」という意味もあり、口コミを使う宣伝、PRの手法になっている。
*3 「闇の子供たち」は梁石日さんの小説が原作で、08年8月公開。江口洋介さん、宮崎あおいさん、妻夫木聡さんらが出演した。